2009年10月 9日 (金)

時代遅れの年齢制限は撤廃を

朝日新聞「声」欄の記事です。

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日本でいまだに存在する「年齢制限」。
 学校の入学などを申し込む時の前提条件だが、
時代遅れの年齢差別だ。

 私が約20年くらしたカナダや米国では、
履歴書に性別、婚姻状態、年齢を書く必要は
ない。法規制があるのだ。

、、、、、

古い慣習は、撤廃すべきだ。
勉強でも、仕事でも、人生のチャンスを年齢で
閉ざすことのない社会であってほしい。
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同感です。
私も、おかしいと思います。

少なくとも、学ぶのに何故年齢制限が必要なので
しょうか?

歳をとっていたとしても、その逆であったとしても
制限をする必要はないと思います。

全ての人は、その国の財産です。
その財産を生きたものと出来るかどうかは、
人々の考えであり、ひいては社会の仕組み
となります。

全ての人を最大限生かせる社会が良い社会
なのだと思います。制限をかける必要は
ないはずです。

年齢制限をかけて、各々の人生のチャンスを
閉ざしている今の社会は、良い社会なのでしょうか?

意欲があり、働く意志をもっている人は、
誰であっても、働く機会が与えられる社会で
あってほしい。
今より、より活力のある社会になるはずです。

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2009年9月17日 (木)

大不況を乗り切る突破口は、人の「削減」ではなく「教育」にあり!

大不況を乗り切る突破口は、人の「削減」
ではなく「教育」にあり!

[2009/09/17] IT PRO 記者の眼

詳細は、リンクを参照してください。

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 「人は削減しません」。

 都内で開かれた「流通・小売り」をテーマにした
イベントで、成城石井の大久保恒夫社長は、
こう言い切った。

 大久保社長が最も大事にしているのは、
「売り場をよくすること」。

 結果として、財務諸表の改善につながるという。

 売り場をよくするために、働く人を削減せず、
徹底的に教育する。
教育には経費も時間もかかるが、気にしない。

 働く人の質が落ちたら、売り場が悪くなり、
それこそ業績は回復しないからだ。

 「あの店には、とても親切で商品知識の豊かな
従業員がいる。

 だから買い物に行く」というお客さんが多い
という。

 最近は、厳しい不況の影響で給料が大幅に下がり、
より安い価格の商品に目が向けられるように
なっている。

 しかし、顧客は安さだけで物を選んでいる
わけではない。

 価格を下げても、いずれ売れなくなる

 例えば、ナショナルブランドの醤油が、
通常よりもかなり安く売られているとしよう。

 すると消費者は「安いうちに買っておこう」
と思い、一時的に売れるが、いずれ売れなく
なるだろう。

 理由は、安いからといって醤油の消費量が
2倍や3倍に増えるわけではないからだ。

 消費量が増えない以上、ある程度まで
いったら売れなくなる。

 価格を下げることには限界がある以上、
そのほかの方法で消費者の購買意欲をかき立て
なければならない。

 そこで重要になってくるのが、消費者と
じかに接する店員による接客だ。

 大不況を乗り切るための突破口は人の削減
ではなく、人の教育だ。

 もっとも教育といっても、どういう人材が
必要なのかという根本的な問題を理解して
いなければ、それこそ時間とお金のムダに
なってしまう。

 大不況は、本当の意味で強い企業をあぶり出す。

 その企業はその強さを自覚するから、さらに
強くなるために人の教育に力を入れる。

 一方、自分たちの持ち味が何なのか、
分からなくなってしまった企業は、人の削減に
走るしか打つ手がないのかもしれない。
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当たり前の話しです。

こんなことすら理解していない経営者が多い、
ということでしょうか?

安易なリストラが多すぎるように思えます。

「流通・小売り」では、要するに接遇が最も
大切、その為の教育が必要ということですね。
(もちろん良い商品を持っていることが前提)

同感です。

接遇がきちんと出来ている店には、何度も
行ってみたくなりますよ!

顧客の心理をつかむこと!
当たり前のことですよね。

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2009年9月 8日 (火)

スーパー雑草大発生

NHK放送のクローズアップ現代 
9月7日(月)

でスーパー雑草大発生というニュースを見ました。

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 今、除草剤が効かない"スーパー雑草"が拡大している。

 宮城県では田んぼに"オモダカ"という雑草が急速に増え、
コメの収穫に影響が出ている。

 福岡県では麦畑に数種類の除草剤でも効かない雑草が
出現した。

 雑草の効率的な管理は農家の宿願。
 それが1980年代に優れた除草剤が次々に登場し、
一気に普及した。
 ところが同じ除草剤を散布し続けたことで雑草が
抵抗性を獲得してしまったのだ。

 さらにアメリカでは、「グリホサート」という
世界的に広く普及している除草剤が効かない雑草が登場。
 その除草剤に耐性を持つよう遺伝子組み換えされた
農作物への影響が心配されている。
 この雑草とどう向き合っていけばよいのか?
その現状と対策を探る。
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というものでした。

この番組を見て、2009年8月20日 (木)投稿の

”花粉症も地球温暖化も「ムダな抵抗はしない」が正しい”
(科学関連ニュース)
の中で言っている動的平衡という考え方が
浮かびました。

やっぱり、一局面だけ見て、うまくいくだろう
と考えるのは、傲慢な考え方なのではないだろうか?
という疑問です。

この世は、全て、ミクロな世界も、マクロな
世界も、動的平衡を求めて常に、変化しています。

なにか、バランスを崩すと、平衡を求めて
必ず、何かしらの変化が生じます。

そのことに、あまりに無関心。
傲慢と言って良い態度ではないでしょうか?

大昔の人達は、自然とバランスを取りながら
生き物も、自分が生きる最低限のものしか
とりません。そうして、持続可能な社会を
営んできました。

最近の言い方で言うと、サステナビリテイ
とかロハスとかいうようですが、

持続可能でなくては、なりません。
今のやり方が、そのことを達成できるとは、
思えません。

遺伝子組み換え作物も、除草剤の使い方も、
うまい話しは、ないのです。
動的平衡という見方からのみ、正しい結論が
出て来そうな気がします。

決して傲慢であってはなりません。
あくまで、謙虚に、どうあるべきなのか、
どうしていくのがベターなのか、
この際、真剣に議論して貰いたい。

鯨の例を見ても、最近のイルカの例を
見ても、難しいと思います。

感情論で動く。
人間は感情の動物ですから、仕方のない面は、
ありますが。

鯨のみを別扱いにして、保護するのは、
極端です。
バランスを意識して崩しています。
このまま行くと、どういう平衡状態に
なるのでしょうか?

かわいそうだという感情論だけでは、
駄目だと思います。

地球という限られた、生態系の中で、
人間がそのバランスを崩している。
その許される範囲は、どの程度なのか?

熟考すべき課題だと思いました。

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2009年9月 2日 (水)

民主党に望むこと

今回、民主党が大勝したのは、マニュフェスト
の優劣ではなく、
(残念ながら重要な要素のひとつなのですが、
マニュフェストの比較をしっかりした人は、
少なかったのではないかと思っています)

今までの自民党の政策が、あまりに国民の声から
かけ離れてきてしまった為に、

・このまま任せていては、駄目なのではないか?
・とにかくチェンジが必要、そのチャンスが今! 
・この際違う政党に一度任せて見てはどうか?
・違う政党とはどこだろう?

との考えから来ているのではないかと考えています。

なので、大勝したからといって、マニュフェスト
に対する国民の100%の付託が得られたと
考えないで頂きたいと思います。


民主党に望むのは、

・若い人たちにも、老人にも、希望の持てる社会。
・一生懸命に働いている人が報われる社会
を実現して欲しい。

・命を大切にする政府であって欲しいと思うのです。

その意味で、マニュフェストは、全て何が何でも
やらなければならないものとするのではなく、
再考する勇気も持って欲しい。
(結果の評価を含めて、マニュフェスト評価基準の
議論が必要でしょう)

国会を国民の為に議論を尽くす本来の意味での
「審議の場」にして貰いたいと思います。

今までのような、お互いを批判するだけの場では
なく、もっと建設的な場であるべきです。
駄目なのであれば、提案もあってしかるべきと
思うのですが、出来ないことになっているので
しょうか?

朝日新聞の記事によれば、子供手当と高速道路
無料化にたいしては、賛成が各々31%と20%
しかありません。(子供手当はやらざるを得ないような
気もしますが、)
余りに、国民の声と離れるものは、再考が必要です。

もちろん、将来を見越して、国民の声が少数で
あったとしても、実施しなければならない政策も
あると思います。
でも、それは、真摯な「審議」の上であって
欲しいと思います。

審議の透明化、情報公開が必須です。

国民の為になる政策なのだと言うのであれば、
その意味するところをわかりやすく、開示して
頂きたいと思います。

期待しています。
どう変わって行くのか見守って行きたいと思います。

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2009年8月28日 (金)

最高裁判所裁判官国民審査について

再考する時に来ていると思います。

いつまで、こんな無駄なことを国民にやらせるのか?
と思っています。

国民審査が始まって以来、否適とされた裁判官は
0人です。
誰も、罷免された人は、いません。

こんな制度に意味があるのでしょうか?

最高裁判所裁判官国民審査公報を見て判断せよ!
と言うことですが、この程度の情報で、
どうやって、判断できるのでしょうか?

略歴と、関与した主要な裁判と、裁判官としての
心構えのみです。

この情報のみで、適/不適を決めよ、というのは、
酷ではないでしょうか?

私が知りたいのは、裁判官として、どういう判断
をする人なのかを推定できる情報です。

例えば、冤罪事件と思われるような、犯罪に対して
真摯な判断をしているかどうかが知りたいのです。

冤罪の再発防止に向けて、どういう考え方を
持っているのかも知りたいところです。

最高裁の「開かずの扉」という言葉もあります。
どうしてですか?

再審に値する、あるいは、冤罪として疑われる
ものがないと?

異常なような気がします。

その意味で、もっと情報を知りたいと
例えば、こういうBlog(国民審査 - 長野智子blog)
を見たとします。

国民審査という項目に、冤罪と思われる事件に
関与した裁判官の名前があがっています。
それを見ると、なんと、殆どの裁判官が
私の考えからすると不適となってしまいます。

どこかおかしくないでしょうか?

冤罪は、極めて大きな問題だと思っています。
その人の(関係者も含めて)一生の問題となります。
一生がだいなしになります。

一方、冤罪を発生させた方は、ごめんなさいで
終わりです。これは、ないのではないですか?
誰も、責任はとらない。あるいは、とれない
システム。謝ることすらしない場合も多々ある。

国民審査のそもそもの目的は、司法の世界に
国民の意見を反映させることのようです。

裁判員制度(致命的な不備が見受けられますが)
が始まったのですから、意味の殆ど無い
国民審査は、再考すべきと思います。

私としては、やめて良いと考えます。

せっかく始まった、裁判員制度を実のある制度に
していく努力が必要でしょう。

また、形骸化している現在の最高裁裁判官の選考
の仕方こそ、再考すべきだと考えます。

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選考過程は、いっさい国民の前に明らかにされず、
ある日突然、決まりましたと発表される。
結果、最高裁長官は現長官まで、9代続いて裁判官
出身。判事も裁判官、検察官、弁護士、官僚、法学者
の人数枠が固定され、出身母体からの順送り人事と
なっております。
改革の具体化は、政治が真剣に取り組むべきテーマだ。
政党側に、この問題に真剣に取り組もうという気配が
ないのは、残念と言うしかない。
(朝日新聞記事より)
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同感です。
「選任過程に透明性、客観性を持たせることを検討
すべき」と司法制度改革審議会も言っているようです。

もっと政治家には真剣に取り組んで貰いたい。
法律を作るのは、立法府たる内閣の役目です。

裁判官は、その法律を根拠として、判断しているに
すぎません。

もっとしっかりしてください。
政治家さん!

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2009年6月20日 (土)

xDカードがなくなる?

xDカードがなくなる? オリンパスと富士の方針転換に不安の声
日経トレンディ 2009年06月18日

いつも思うのですが、メーカーは本当にユーザの利便性を
考慮してくれているのでしょうか?

携帯用メモリカードにしても同じです。

さっさと統一して貰いたい!

使えなくなるメモリカードが増えてしまいます。
現に、私も、何枚か持ってます。
資源の無駄遣いではないですか?

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2009年6月13日 (土)

「全盲の」はいらないに同感

朝日新聞朝刊の「声」欄に題記の
文が載っていました。2009/6/13

バン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した
辻井さんの記事に関する「声」です。

私も同感です。

「天声人語」欄にも同様内容の文があったそうです。

「全盲の」と前置きすることにどういう意味
があるのでしょか? いらないと思います。

全盲と言うハンディを背負ったとたんに、
絶対にピアニストとして、ましてプロとして
やっていけることなどあり得ないことだ。
決まっていることなのだ!
と言う暗黙の前提があるように思えます。

そのことが覆されたので、
あり得ないことが起こったので、
前置きをつけた。
ということでしょうか?

考えすぎでしょうか?

「全盲の人である」という色眼鏡で見てはいませんか?

何が大切なことなのでしょうか?
何を一番に報道すべきなのでしょうか?

まず、一人の人として、コンクールに優勝した。
そのことを素直に祝ってあげるべきではないで
しょうか?
その将来に期待していると、
そして、最後に、こういう個性の持ち主なのだと、
報道すれば良い。

まず、人がいます。
その人には個性があります。人それぞれ違います。
その違いをいちいち強調しますか?
ハンディも個性のはず。
個性を強調することにどういう意味があるので
しょうか? 

差別と感じてしまいます。

人を尊重してください。
人を見てください。
ハンディがあるということだけで、就職の書類選考から
はねられてしまう現実があります。

その延長にあることのように思えます。

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2009年6月12日 (金)

いずこも同じ成熟国の悩み?

【2009年6月10日 いずこも同じ成熟国の悩み? 】

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 これらを読む限り、若者の理科離れや社会人の科学リテラシー低下の
理由は、学校で理科が不得手だからそうなったというだけでは説明
できないようにみえる。

 科学を一生懸命勉強しても自分の人生設計にそれほど役立つとは思えない。
 科学技術は社会のありように決定的な役割を果たしていない。
 必要だけど一部の“専門家”に任せれば済む程度のこと。
 このように考える成績優良者が少なくないということではないだろうか。

 科学技術、あるいは科学的精神が社会の健全化、安定化、発展に
欠かせない基盤の一つになっている。
 こうした現実を理解させることは、簡単な話ではないのだろう。

 「科学技術の問題というのは、実は科学技術にとどまらないで、
日本人がどう生きていくかということでもある」(阿部博之氏)というのは、
日本に限らず、成熟した国家に突きつけられている共通の課題
ということだろうか。
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上記以外にも、いろいろ気になる内容が書かれています。
真剣に議論し、対処すべき内容のように思えます。

共通と言えばそうですが、日本にはその傾向が顕著のような?

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2009年5月27日 (水)

本田美奈子さんのお母さんの言葉

亡くなられた、本田美奈子さんとの思い出です。

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二人で散歩をした時に、風が頬に当たりました。

その時、美奈子さんが「すごく幸せ!」
そう言ったと、言っていました。
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風にあたりながらの、ごく普通の散歩です。
風がさわやかで、心地よかったと思います。

幸せって何でしょう?

その時、彼女は心から幸せだと感じたのだと思います。

私も、そう思います。

人によっては、何でもないその時でさえ、幸せなのです。
幸せとは、そういうものかも知れません。

なんでもない出来事かもしれないけれど、
でも、その1つ、1つの時を大切にしていかなくては、
と思いました。

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2009年5月23日 (土)

本の紹介 「ラスト・メッセージ」

縁あって、知ることとなり、つい最近読んだ本です。
良い本だと思います。お勧めです。

本の題名は、「ラスト・メッセージ」
著者は、小笹優子さん、
脊髄小脳変性症で現在障害者一級、
車椅子生活をされています。


アマゾンで購入できます。
良かったら、買って見てください。


もくじは、
第1章 生きる勇気が出る本;
第2章 自分に恥じない生き方;
第3章 人間力;
第4章 私の事件簿;
第5章 ちょっと教育論;
第6章 英楽塾;
第7章 エピローグ

となっています。


内容は、
同じ病気の少女が書いた「一リットルの涙」
のような、障害者が成長していく、その時、
その時の思いを綴ったものではありません。

これは、これで、成長していく過程が見えて、
その時、その時で、どう感じ、どう思い、
どう成長していったのか、
少女の思いが伝わって来て、
感動する良い本だと思います。
この生き様から、学んだことは多くあります。

今回の本は、そうではなく、小笹優子という
女性が書いたエッセイと言って良いと思います。

障害者としての部分は、ほんの少し、
その代わり、彼女の生き方が見える本なのです。

ずばり、面白い本です。彼女の性格が小気味良い。
正義感が強く、まっすぐな人で、
超行動派、思ったら行動せずにはいられない。
考えるより行動が先。思わず行動してしまう。
そんな人のように感じました。

表現がストレート。
だから、無用な批判もあびてきたようです。

まさに、江戸っ子、
本当は、江戸っ子ではありませんが、

例えば、
交通違反をした時に、
結局、違反には問われなかったようですが、
その過程で、おまわりさんに向かって、

「あんた、私を誰だと思っているのよ!」

と言い切っています。すごいですね。
なかなか言えることではありません。

著者の性格がでてますね。

すべてこんな調子です。笑えます。

彼女は、帰国子女で英語が話せます。
だから、英語塾を開いて、海外に行ったり、
マルチな活動をしてきたようです。

素晴らしい生徒を育てています。
自分の強い意志で良い人生にしてきました。
これからもそうするでしょう。

面白いだけでなく、いろいろ学ばされるところもあり、
私もそうありたいと思って貰えると嬉しいです。

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「ラスト・メッセージ」というタイトルについては、

「ラスト・メッセージ」の「ラスト」には生き抜く
という意味があるそうです。

「ラスト・メッセージ」に込められた意味は、
文字通りの意味と、
これから命ある限り、前向きに生き抜いていくのだという
決意のメッセージを込めたものと思います。

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