« 世界に“周回遅れ”の再生可能エネルギー 東日本大震災を契機に導入機運高まる | トップページ | 「超広角コンプトンカメラ」による放射性物質の可視化に向けた実証試験について »

2012年3月31日 (土)

自分がリストラされた町工場の社長 諏訪貴子さん

自分がリストラされた町工場の社長
諏訪貴子さん
2012年03月30日 朝日新聞ひと欄より

---------------------------------------
 いま自分が経営する会社を2度、
クビになっている。

 10年前、従業員の人員整理を提案
したら、「明日からお前が来なくていい」
と逆に言い渡された。

 いったん復職したが、結局、再び
リストラされる。

 外に出てスイミングコーチや結婚式の
司会をしていた2004年、父が危篤に。
 駆けつけた病室で真っ先に出た言葉は
「金庫の暗証番号は?」。
 父が何より大切にする会社を案じての
ことだった。

 倒れた1週間後に父は死去。
 従業員に推されて32歳で社長に
就いた。

 職人たちに支えられて8年。
 リーマン・ショックもしのぎ、今では
野田佳彦首相が視察に訪れたり、
経済産業省の審議会メンバーに選ばれたり
する存在になった。

 納入品は1千分の1ミリでも
削りすぎたら不良品になる。

 町工場の環境は厳しいが、それだけに
価格競争を跳ね返す技術の継承と
若手育成に力を注ぐ。

 新入社員とは1カ月、交換日記をして
相談にのる。

 「社員さんは会社の財産。
 それを守り、磨くのが社長の仕事
だから」。

 自分をクビにした父の気持ちが、
今はよく分かる。
---------------------------------------

>納入品は1千分の1ミリでも
>削りすぎたら不良品になる。

>町工場の環境は厳しいが、それだけに
>価格競争を跳ね返す技術の継承と
>若手育成に力を注ぐ。

>「社員さんは会社の財産。
>それを守り、磨くのが社長の仕事
>だから」。
>自分をクビにした父の気持ちが、
>今はよく分かる。

そうですね。
町工場の環境は厳しい。

社員を、技術を大事にする企業は
生き残る。
そう思います。

大企業でも同じはずですが、

|

« 世界に“周回遅れ”の再生可能エネルギー 東日本大震災を契機に導入機運高まる | トップページ | 「超広角コンプトンカメラ」による放射性物質の可視化に向けた実証試験について »

社会関連ニュース」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 自分がリストラされた町工場の社長 諏訪貴子さん:

« 世界に“周回遅れ”の再生可能エネルギー 東日本大震災を契機に導入機運高まる | トップページ | 「超広角コンプトンカメラ」による放射性物質の可視化に向けた実証試験について »