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2011年7月 2日 (土)

放射線測定 ビキニ契機

放射線測定 ビキニ契機
朝日新聞アスパラクラブ
科学面にようこそ

詳細は、リンクを参照して下さい。

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 東京電力福島第一原子力発電所の事故で
環境の放射能監視の重要度が増している。
 多くの人が健康への影響を警戒し、
大気や土壌、海水、食物などの測定値に
注目する毎日だ。

 こうした環境放射能のモニタリングの
始まりは、57年前のビキニ水爆実験が
きっかけだった。

◇猿橋さん 地球規模の汚染示す

 「女性科学者に明るい未来をの会」が4月
に開いた今年度の猿橋賞の受賞者発表会見。
 会長で物理学者の米沢富美子さん(72)
は、あいさつで言った。

 「大変な時に晴れがましい場がふさわしい
のか悩んだ。
 それでも、先生の業績を思い返すと、
やるべきだと判断した」

 賞を創設した猿橋勝子さん
(1920~2007)が、打ち込んだ研究
こそ、環境放射能の測定と解析だった。

 1954年3月1日、中部太平洋の
ビキニ環礁沖にいたマグロ漁船
「第五福竜丸」に米国の水爆実験による
白い灰が降り、乗組員23人が被曝
(ひ・ばく)した。
 放射能を帯びたマグロが北太平洋で広く
漁獲される事態となった。

◇広域で濃度を解析

 気象研究所にいた猿橋さんは研究室の
三宅泰雄さんらと、海の汚染の解明に
あたった。

 微量分析の技術を駆使、海水の
放射性物質の測定を進めた。

 猿橋さんらが描いた北太平洋の汚染地図
を、元気象研の広瀬勝己さん(63)は
「放射能が地球規模で広がることを初めて
示した成果だった」と位置づける。

 核保有国が続ける原水爆実験。
 中央気象台(現在の気象庁)は、55年
から雨やちり、海水などの放射能測定を
始めた。

 米国は海水で放射能が薄まるとして
安全性を主張、猿橋さんらの測定は値が
高すぎて誤りだと批判した。

 測定法の相互検証のため、猿橋さんは
単身渡米。
 精度を競う分析競争に勝ち、正しさを
証明した。62年だった。

 原水爆実験は、63年の国際条約で歯止め
がかかる。
 仏中は続けたが、米英ソは大気圏内の
核実験をやめた。

 一方、日本では原子力の平和利用が
始まった。
 原子力基本法が55年に成立。
 57年に研究炉、66年には商業原発が、
それぞれ茨城県東海村で運転を始めた。

 茨城県で公害技術センター放射能部長を
務めた森田茂樹さん(75)は62年から
放射線量の測定を担当した。

 「原子力施設の影響をつかむには、
核実験による影響もつかまないといけない。
 両にらみで測定した」

 福井県衛生研究所にいた北川貞治さん
(81)は65年秋から担当した。
 県内に二つの原発の建設が決まっていた。

 70~90年代には国内で原発増設が
進んだ。
 国や電力会社も放射能を調べていたが、
「原発立地県も独自に監視しましょう、
県民の側に立って数字をみましょう、
という流れがあった」と気象研主任研究官
の青山道夫さん(57)は振り返る。

◇原子力施設も監視

 そんな中で81年、敦賀原発1号機で
放射能漏れが起きた。
 海藻で測った放射性物質コバルト60
の値が、通常の10倍になったのを福井県
が見逃さなかった。
 県の指摘で事故が発覚。

 資源エネルギー庁の記者会見があった
4月18日、県衛研放射能課長だった
北川さんは殺到する問い合わせに追われ、
「生涯で最も忙しかった日」と回想する。

 核実験による地球規模の汚染は改善に
向かうが、86年、ソ連のチェルノブイリ
原発事故が起こる。

 原発がない都道府県でも観測体制が整え
られた。

 しかし、その後は大事故もなく、気象庁
の観測は「他機関で代替可能」と06年で
廃止に。
 気象研室長の五十嵐康人さん(53)は
「喫緊の課題は気候変動などへ移り、
研究テーマとしても消滅に近い状態に
あった」と話す。

 海の放射能を調べてきた放射線医学
総合研究所の那珂湊支所も今年3月で
閉鎖された。

 かつてない広域の環境汚染が広がった
現在、実態をどう調べ、どう伝えるのか。

 現場では、今日も模索が続いている。

《筆者のひとり、米山正寛から》
 体にあびる放射線量は基本的に少ない方
がよいでしょう。
 環境放射能のモニタリングで、低い値が
確認されれば、それは住民の安心に
つながります。

 ただ、わずかな放射線量の計測を長年に
わたって続け、安心情報を発信し続けて
きた職員に聞くと、「ずっと日陰者でした」
と言います。
 異常がなくて当たり前なのですから。

 ところが、福島第一原発の事故で大量の
測定や分析の仕事を抱えるようになり
ました。日陰者が日当たりに引きずり
出されたあげく、生活が一変したのです。

 それだけではありません。
 長年にわたって見てきた環境放射線の
データは、空間線量だと
毎時0.1マイクロシーベルト未満
といった値でした。

 東北南部や関東北部などの原発に近い
地域からは、それが100~1000倍
にも上がった値が伝わってきました。
 けれども、記者会見で伝えられる評価は
「健康へただちに影響はない」といった
内容ばかりでした。
 担当者として「この水準を守っておくべき
だと大切に培ってきた安全意識は
何だったのだろうか」。
 たたきのめされる思いがしたようです。

 技術の進展には著しいものがあります。
 健康に悪影響を与えるヨウ素131、
セシウム137などの放射性物質が、
今では測定器で簡単に測れるように
なりました。
 ただ、新しい測定装置の普及とともに、
技術開発という研究的要素は薄れて
いきました。

 さらに気象庁と自治体、電力事業者と
いった形で二重、三重に築かれてきた
観測体制も、「他機関で代替可能」という
仕分け的な発想のもとに縮小されるように
なりました。
 環境汚染への危機感から始まった
放射能モニタリングの世界にも、いつしか
安全神話がはびこり始めていたのです。

 「そんな測定でいいのですか」と、
きびしい指摘を繰り返した元職員の述懐を
聞きました。
 「私たちのような職歴だと、退職後も
電力事業者などの団体で再雇用される人が
多いんです。
 でも私にはそんな声はかかりません
でした」。
 安全を追求する姿勢は、原子力村から
疎まれてしまったのでしょうか。

 ストロンチウム90や
プルトニウム239などの放射性物質は、
今なお化学的な分離をして解析する必要
があります。
 そうした技術的な蓄積が徐々に
すたれていく中で、福島の原発事故が
起こりました。
 「今回、急に『測定しろ』と言われて、
測定できない人がいっぱいいるんですよ」
 こんな現実の中で、私たちは
モニタリングで出てくる数値に一喜一憂
しています。

 半世紀余りにわたる放射能モニタリング
の歴史を、この紙幅で十分に書き尽くせた
わけではありません。
 猿橋勝子さんだけでなく、多くの研究者
や技術者がその歴史の中にいました。
 長期にわたる広域の放射能汚染が
もたらされた現在、そこからさまざまな
ことを学びながら、新たな放射能監視の
目を構築していってほしいと思って
います。
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面白いですね。
今の東電、政府と同じ事をいっている。
>米国は海水で放射能が薄まるとして
>安全性を主張

こういう歴史は知っておいた方が
良いですね。

いったい安全とはどのレベルなのか?
再検討して欲しい。
世界として統一すべきだと思う。

世界のコンセンサスとして年間1mSVが
あるはず。
それを基準に総ての法律が出来ている。
それを無視して安全などというから
おかしな話になる。

一時的な異常事態とは何ヶ月もの期間を
想定していないはず。

本当に安全と言うのならまず法律を変え
ないといけない。
法律も変えないで安全などといって
欲しくない。

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