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2011年2月15日 (火)

タイムスリップ 高額に義憤、第2・第3の新薬~世界初のエイズ薬、企業が無断で特許

タイムスリップ
高額に義憤、第2・第3の新薬
~世界初のエイズ薬、企業が無断で特許

朝日新聞アスパラクラブ
科学面にようこそ

詳細は、リンクを参照して下さい。

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 かつて「現代のペスト」と恐れられた
エイズ。1985年に世界初の治療薬AZT
を開発したのは、当時、米国立保健研究所
(NIH)の研究員だった満屋(みつ・や)
裕明熊本大学教授(60)だった。

 満屋は続々と2番目、3番目のエイズ
治療薬も世に送り出した。
 AZTを売り出した企業への義憤が
原動力だった。

 HIVは人の免疫細胞に感染し、増殖
する。このため感染した人は免疫不全状態
に陥る。

 日本で免疫の研究をしていた満屋は、
免疫細胞を培養する技術を持っていた。
 人の免疫細胞を使って、実験システムを
作ることにした。
 ここに、新薬になりそうな化合物を
入れる。数日後に細胞が増えれば、
その化合物でHIVから細胞が守られた
ことになり、化合物が治療薬になる可能性
が高い、とわかる。

 「満屋の実験は、単に化合物をふりかける
だけだ、と批判する人がいる。
 でも、ふりかけ実験ができるのは、
それだけで結果が出る手法を考案できた
人だけだ」と満屋は言う。

 満屋が実験に使った免疫細胞は、当時、
NIHにいた谷内江(や・ち・え)昭宏
金沢大教授の血液から作った。
 同じ免疫細胞でも個人差がある。
 色々な人の細胞で試したが、なぜか
谷内江の細胞しか増えなかった。
 エイズ治療薬の実験を続けるには、
谷内江の血液を毎週50~100ミリ
リットルもらう必要があった。
 しまいには、谷内江は貧血になって
しまった。

 「満屋先生は強い目的意識を持って、
ものすごい集中力で仕事をしていました。
 いい意味で田舎者で、そういった側面を
臆することなく開けっぴろげに、みんなに
見せていました」と谷内江は振り返る。

◇85年に紀要に論文
 上司は研究所や製薬企業を回り、HIV
に効きそうな化合物があれば実験させて
欲しいと依頼した。
 バローズウエルカム社(現財団法人
ウエルカムトラストと英グラクソ・
スミスクライン社)だけが応じた。

 バ社はアルファベット1文字を付けた
化合物を「B」から順に送ってきた。
 「R」まで効果が無かった。

 85年2月5日。
 化合物「S」が届いた。
 6日後。
 試験管内の免疫細胞が元気に増えていた。
 SがHIVをやっつけたのだった。
 Sこそが、世界初の抗エイズ薬、AZT
だった。

 元々は60年代にサケとニシンの精子
から抗がん剤として開発された。
 AZTは87年3月、異例の速さで米国
で承認され、日本でも半年後に承認された。

 科学の世界では誰もが、満屋たちが
AZTの発見者だと認める。
 85年に米科学アカデミー紀要に載った
論文が根拠だ。
 だが、特許は米国では、バ社が取得した。
 満屋はバ社の特許申請を知らされて
いなかった。

 満屋が憤りを感じたのは、特許ではなく
AZTの価格だった。
 バ社は1錠1ドル88セントで販売。
 患者の薬代は年1万ドル以上かかる計算
で、米国で「史上もっとも高い薬」と
言われた。満屋は、より安く供給できる薬を
探し、一矢を報いたいと思った。

 ある晩、寝る前に、生化学の教科書を
パラパラと眺めていて思いついた。
 HIVは逆転写酵素でRNAからDNA
を作る。
 その過程を、DNA合成を終了させる
分子「DNA鎖ターミネーター」で中断
すれば、ウイルスは増えなくなるはずだ。

◇適切な価格が条件
 満屋は翌朝、遺伝子分析用のDNA鎖
ターミネーターを5種類注文した。
 実験をしながら論文を書き、論文を書き
ながら実験をした。
 すべて抗HIV活性があった。
 「次々に狙い通りの結果でドキドキ
しました」

 5種類のうちddIとddCが世界で
2番目と3番目の抗エイズ薬になった。
 NIHはAZTの教訓から、ライセンスを
企業に与える際、適切な価格での販売を
条件にした。

 AZTはddIなどの承認後、患者1人
の薬代が年に約3千ドルと発売当初の
3分の1以下に下がった。

 AZTの開発から25年。
 今では、HIVは「死ぬ病」ではなく、
「生涯、つきあっていく病」になった。

 木村哲東京逓信病院長は「複数の薬を
組み合わせる多剤併用療法で、何十年も
発症せずに暮らせるようになった。
 満屋さんの治療薬開発が、後続薬の登場
に道を開いた。
 まさに、パイオニアでした」と話す。
(敬称略)

《筆者の大岩ゆり記者から》
 満屋さんの話を聞いていて、満屋さんは
これまでにすでに何人分もの人生を生きて
きたのでは、と思いました。
 それほど多くを成し遂げ、多くを経験して
きているのです。

 たとえば満屋さんの開発したエイズ
治療薬は、今回取り上げた3種類だけでは
ありません。
 2007年に承認され、現在、多くの
HIV感染者の第一選択薬となっている
「ダルナビル」も満屋さんの開発です。
 これは、上の図の中にある
「プロテアーゼ阻害薬」の一種です。

 1990年代後半に化合物としての
ダルナビルを開発したのは、米パデュー大
のアラン・ゴーシュ教授でした。
 既存のエイズ治療薬にギンナンの成分を
人工的に合成してくっつけたものがこの
化合物です。
 ゴーシュさんはあちこちの製薬企業や
研究者に化合物を送り、薬として使えないか
調べて欲しいと依頼しました。
 その中には著名なエイズ研究者も入って
いました。
 ところがどの製薬企業や研究者からも
「使い物にならない」とつれない返事しか
返ってこなかったそうです。

 最終的に満屋さんの元にたどり着いて
初めて、抗エイズ薬としての効果を
見いだされました。
 ダルナビル開発にまつわる話もとても
面白く、ぜひまた別の機会に紹介できればと
思っています。
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興味深い話です。

満屋教授素晴らしい人ですね。

>5種類のうちddIとddCが世界で
>2番目と3番目の抗エイズ薬になった。
>NIHはAZTの教訓から、ライセンス
>を企業に与える際、適切な価格での販売
>を条件にした。
>AZTはddIなどの承認後、
>患者1人の薬代が年に約3千ドルと
>発売当初の3分の1以下に下がった。
素晴らしいです。

何のための医療、何のための薬かと
考えされられます。

最近の高度先進医療はどうにかならない
のでしょうか?
お金持ちしか救えないのでは疑問。

「がんになって一番気になるのは、
命より、かかるお金だ」という話は
気の重くなる話です。

>ダルナビル開発にまつわる話も
>とても面白く、ぜひまた別の機会に
>紹介できればと思っています。
是非紹介してください。

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