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2010年4月25日 (日)

貧しさから脱出しようと努めないことは、恥である

貧しさから脱出しようと努めないことは、
恥である

2010. 4. 22 
日経メディカルブログ:
本田宏の「勤務医よ、闘え!」

詳細は、リンクを参照して下さい。

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 今、日本の医療が、そして日本そのものが
崩壊しようとしています。
 その背景には、医療・福祉・教育という、
人間が生きていくために必要不可欠である
社会資本を国がないがしろにしてきた歴史
がある、と私は分析してきました。

 経済が健全に発展するためには、経済と
社会保障を車の両輪としてとらえなければ
なりません。
 国民生活の安寧を図らずに、その国の
永続的発展はなく、だからこそ憲法第25条
を守ることが重要だと私は訴えている
のです。

 しかし、残念ながら、本ブログで
「いのちの山河~日本の青空II~」を
取り上げた際の反響を見ると、未だに
自己責任論の必要性を強く訴える方が
少なくないように思えます。

 そのような意見を拝見していて、私は
塩野七生氏が『ローマ人の物語2 ローマは
一日にして成らず[下]』(新潮文庫)の
中で紹介している、ペリクレスの演説を
思い出しました。

 ペリクレスは、紀元前460年ごろの
ギリシャ都市国家において、絶頂期を迎えて
いたアテネの国家政戦略担当官でした。
 その彼は、アテネ市民に向かって以下
のように演説しています。

---------
われわれは、美を愛する。だが、節度を
もって。われわれは、知を尊ぶ。しかし、
溺れることなしに。われわれは、富を
追求する。だがこれも、可能性を保持する
ためであって、愚かにも自慢するためでは
ない。

 アテネでは、貧しいことは恥ではない。
だが、貧しさから脱出しようと努めないことは、
恥とされる。

 われわれは、私的な利益を尊重するが、
それは公的利益への関心を高めるためである。

 なぜなら、私益追求を目的として
行なわれた事業で発揮された能力は、
公的な事業でも応用可能であると思って
いるからだ。

ここアテネでは、政治に無関心な市民は
静かさを愛する者とは思われず、市民
としての意味をもたない人間とされる
のである。
---------
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>アテネでは、貧しいことは恥ではない。
>だが、貧しさから脱出しようと努めない
>ことは、恥とされる。

>ここアテネでは、政治に無関心な市民は
>静かさを愛する者とは思われず、市民
>としての意味をもたない人間とされる
>のである。

同感です。

結果はともあれ、努めることが大切
なのだと思います。
あきらめては駄目です。

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