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2010年2月10日 (水)

医療者の責任と医療事故調

医療者の責任と医療事故調
中澤堅次(済生会宇都宮病院院長)

2009. 7. 28
日経メディカルONLINE

詳細は、リンクを参照して下さい。

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 世界医師会は第二次世界大戦の苦い教訓
から、数回にわたって病人権利を定義し、
世界中の医師が集まる総会で宣言を採択し、
この宣言にそって各国が法案化までして
社会に根付け大切にしようとしている。

 この権利を擁護し推進することは、医療
にとって最も重要な、病者との信頼関係の
元になる理念と考えるからである。

 世界的に通用する医の倫理である病人権利
は、日本では公式に認められていない。

 日本にも法制化の動きはあったが、当時の
与党と医師会の反対もあり実現しなかった。
 しかし、この権利は裁判の判断基準になり、
国民皆保険もこの思想の通りにデザイン
された。変わらなかったのは、医師の団体と、
当時の教育を受けた医師、それと厚生労働省
だけだった。

 プロとしてミスが許されないという佐原氏
の発言は、誤りを犯す個人の責任でミスを
無くさせようと言うもので、リスク管理の
常識では効果がないと否定されている手法
である。

 国を代表する立場の人が、前時代的な手法
に固執することは責任者として適格性を
問われるものである。

 医療者のミスを容認しろと言うのでは
ない。
 医療者も人間、ミスは避けられないから、
いつ殺人犯になるか分らない。
 政府が進める方法ではプロとして責任は
取れないことを言っている。

 WHOのpatients safetyに関するガイド
ラインは、この絶望的な事態に一つの
方向性を示したものである。
 ミスにより被害を受けた人に対する調査
と説明、謝罪と損害の賠償、第三者は調停
の立場に立ち、当事者の責任は問わない
と言うものである。

 佐原氏に限らず、日本ではこのガイド
ラインは責任逃れと取る人が多い。

 確かに隠蔽体質の医療界全てがこれを
忠実に実行できるとは思わない。
 欧米の常識がなぜ日本では生ぬるいと
受け取られるのだろうか。

 WHOのガイドラインの前提には、病人権利
が法的に認知され、医の倫理が法的にも
定義されているという背景がある。
 つまり欧米には法的な拘束力を持つ
病人権利が存在し、この権利が存在しない
日本は前提条件を欠くことになる。

 WHOのガイドラインでは、事故の詳細を
知る権利は、病人の権利に包括され、
カルテの隠蔽や改ざんを行わないことや
家族への報告などは当たり前すぎて、
医療者の義務としてわざわざ言及する
必要がないのである。

 日本の医学教育では、病人権利を学生に
教えない。

 医師会が認知せず、法的な拘束力のない
病人権利を意識する習慣が無いからである。

 重要なことを教えられないまま医師は
育ち、あいまいな優しさを基準に
それぞれの常識で医療が行われる。
 このことが今日の混乱を呼んでいる。

 世界医師会に代表を送った日本医師会は、
その重要性を知る立場にあったが、何故か
病院権利に関する宣言の採択に唯一賛成の
意思を表明しなかった。

 その後日本の医療は倫理に関して鎖国
状態になり、医療の進化にリスクの対策が
追いつかず、事故の多発に苦し紛れの
事故調の法制化を望んでいる。
 医療倫理は本質からますます遠ざかる
というのが真相だと思う。

 日本も普通の国のように病人権利の法制化
を行い、第一ボタンをしっかり掛けるべき
である。

 そうでもしないと、その場その場で新しい
基準を、年代わりの大臣の責任で決め、
法的資格も不明確な医師が勝手に選ばれ、
人の罪を決めることになる。
 時代が変れば、昔行われた不適切な処分に
名誉回復をしなければならないこともある
だろう。
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中澤堅次氏の意見に賛成です。
そうあるべきだと思います。

ミスが命に関わる。
事は重大である。

責任を取らせたいと思うのは、
人情である。

しかし、良く考えて頂きたい。
二度と同じミスを犯さない為に何を
なすべきなのか?

人はミスを犯すものなのだと言うこと
を認めなくてはなりません。
ミスは必ず発生する。

ミスを犯した人は、人を死なせようと
思っておかしたのではない。
むしろ、その反対の思いであること
が多い。

その個人に責任を取らせたところで
再発防止という最重要課題に対して
どういう効果があるのだろうか?

個人に責任をとらせたことで、
ある意味、その事故に対して
責任をとったのだから、
これで終わりだという意識が
生まれないだろうか?

一人の人が死んだのだという
重い事実をしっかり皆で、引き受け、
同じ責任を感じ、再発防止に取り組むべき
なのではないのでしょうか?

リスクを最小にするのが最重要課題。
その意味で、

>誤りを犯す個人の責任でミスを
>無くさせようと言うもので、
>リスク管理の常識では効果がない
>と否定されている手法である。

そう思います。

日本も、世界基準で行動すべきと考えます。

>日本も普通の国のように病人権利の
>法制化を行い、第一ボタンをしっかり
>掛けるべきである。

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