再生医療の産業化には何が必要か(1)-全2回-
再生医療の産業化には何が必要か
(1)-全2回-
(掲載日:2009年12月24日)iPS Trend
(2)の内容も含めています。
長文です。興味のある方は、どうぞ。
詳細は、リンクを参照して下さい。
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インタビュアー:佐藤 勝昭、渡邉 美生
(科学技術振興機構)
今回は"再生医療の産業化を図る"という
目標を定め、研究開発事業を推進している
株式会社ジャパン・ティッシュ
・エンジニアリング(J-TEC)の常務取締役
研究開発部長、医学博士の畠 賢一郎氏を
訪ねた。
聞き手:
培養皮膚のお仕事の経験をお持ちで、
最近、iPS細胞について理研との共同研究
を始められたJ-TECさんに、iPS細胞を
産業化するにあたっての課題について、
お話を伺おうと参りました。
畠:
事実だけを申しますと、足下を見たとき
日本では再生医療は開発として事業が
成り立っているところはどこも
ありません。
私どもはジェイスという培養皮膚を
やっているのですが、これだって事業
というにはおこがましいのです。
産業というより手工業のレベルです。
聞き手:
手工業レベルにとどまっているのは
なぜですか。
畠:
医薬品や医療機器を産業化に持って行く
には経験がないと認められないのです。
薬事行政では、安全性・有効性についての
客観性のあるデータをもとめますが、
再生医療用の細胞では、やっている医師も
少なく経験も少ないわけですから、
そういうデータは少ないのです。
聞き手:
日本が厳しいのですか。
畠:
制度的にはとくに厳しい方ではないと
思います。
ただ、決まっているべきものが
決まっていないのです。
聞き手:
裁量に任されていると?
畠:
各企業の裁量でやっています。
米国では、FDAの審査官の裁量が
ありますが、日本では、正論(建前論)
が強くって、審査にあたる人は裁量を
発揮しにくいでしょう。
この正論を上回るには、経験が積み
上がった状態が必要なのです。
文化の問題です。
聞き手:
リスクのあるものを認める社会的背景が
必要ですね。
畠:
薬事行政には、「ノンリスク」という建前
があるので、再生医療が前に進まなかった
と思います。
聞き手:
J-TECさんの培養皮膚が臨床用に認められた
一番のポイントは何だったのですか?
畠:
細胞の安全性・有効性の評価のエンド
ポイントについて、それなりにすりあわせ
ができたこと、および、重症熱症で、
培養皮膚を使わないと死んでしまう、
有害事象があってもサルベージできる
(それ以上の利点がある)という場合に
適応症を絞り込むことによって許可
されたのだと思います。
新薬の場合、軽症例に適用して、だんだん
に重症例に・・という手順ですが、
培養皮膚細胞の場合、重症例にまず適用
させるということでスタートしたの
ですから、大変困難でした。
iPS細胞を世に出すことに関しても、
同じ流れになるのではないでしょうか。
経験がないと認められない。
認められないから経験できない。
このパラドックスの循環をどう
断ち切るか。
畠:
企業としては、海外とのボーダーは
ありません。
大学で研究をする先生方だって、国内の
承認で大変な時間をかけるより経験蓄積の
ためにも海外で前向きにやるほうがよい
かも知れないと思っている方がいます。
一つずつ前に進み出せない、ルールが
定められていない。
これが現状です。
このことは、大学より企業の方が
死活問題です。
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聞き手:
本題のiPS細胞を再生医療に使うときの
課題について、お願いします。
畠:
培養皮膚の経験からお話しましょう。
細胞の再生医療への適用には、「同一性」
と、「不純物」の問題がありました。
医薬品は、成分が同じなら同一である
ということが言えるのですが、細胞は、
個人個人から採取するのですから、何を
基準として「同一性」を判断するかが
むずかしいのです。
ジェイスの例で言いますと、赤ちゃんの
皮膚細胞と、老人の皮膚細胞では、細胞の
増え方などが違いますが、「出荷規格」は
同じものを使わなければなりません。
例えば、同じ細胞でも培養液が違った
場合には、これらを同じものとして
認められるのか。
いまは、こちらで、こうだと決めて
やっていますが・・・。
もう一つの「不純物」の問題ですが、
医薬品で95%の純度というとき5%の
不純物が混入しており、これらが有害
でないと証明しなくてはなりません。
これと同じように培養皮膚の場合にも、
どうしても皮膚以外の細胞が混在する
わけですが、これらがあたかも不純物
のようにとらえる必要があります。
患者さん一人一人で違うため、その扱い
をどのようにするか。
不純物の有害性の規格をどうするか
問題なのです。
iPS細胞の規格をどうするかは、もっと
大変でしょう。
聞き手:
細胞の産業化は、別の観点が必要だと
・・・。
畠:
医薬品は大量生産できますが、細胞は
各病院の近くで作らなければなりません。
しかし、先生方はもう一歩つきぬけて
いないですね。ベンチャー、ベンチャーと
いうけれど、産業化に必要な技術は
サイエンスにないところにある
ということを認識していない。
聞き手:
先程、iPS細胞の規格をどうするかは
培養皮膚よりもっと大変だとおっしゃい
ましたが。
畠:
産業化には出来上がったものの同一性と
規格化が必要です。
それには、サイエンスベースによる
評価の発展と同時に、これまでの医薬品
審査とはルールを変えることも必要
ではないでしょうか。
危険なほど不純物が入っているのは
もちろんダメですが、危険でない程度の
混合物の集団を、それとして認めるような
ルールが必要です。
製品の出荷規格を重要視することも
大切ですが、工程管理という概念が
現実的だと思います。
畠:
今の再生医療は、作曲家が蓄音器を作って
いるような段階です。
作曲家は自らの曲を多くの人に聴いて
いただきたくて、蓄音機を求めました。
蓄音機の原理であれば、作曲家にも
イメージできるでしょう。
レコード盤くらいなら私にも原理は
理解できますし。
その後、蓄音器は技術の進展によって
CDになりMDになりiPodへと進展しました。
これは作曲家ではない多くの研究者や
産業界のイノベーションがあったからです。
それがなければ未だに蓄音器のまま
だったでしょう。
それと同様に、細胞の3次元配列制御
についても他の部門の研究者や産業界が
乗り出したとしたら底知れない発展が
来るかもしれません。
畠:
1997年のNewsweek誌にNew Era of Medicine
と題して再生医療のことが書かれている
のですが、実はその時から12年経っても
ほとんど変わっていないのです。
培養皮膚は1シートが30万円もします。
保険でやれるのは20枚までです。
身体の皮膚の30%の火傷を負ったとしても
保険では10%しか直せません。
これではお金持ちしか医療が受けられ
ません。
産業化には、汎用性の高い技術を利用
して安く利用者に提供することが必要
なのです。
そうなったとき、iPS細胞は夢のツール
を提供してくれるかもしれない。
畠:
リスクに対する考え方を変える必要が
あります。
これまでは、メリットがリスクより
ずっと多いことを求めてきましたが、
もしかしたらこの概念も曲がり角に
きているかもしれません。
メリットが大きければリスクも
大きいということを認める必要が
あります。
投資でもハイリターンなものには
ハイリスクが伴いますしね。
そういう意味でもハイリスクの医薬品や
医療機器をどのように扱うか。
特別な「ハイリスク医薬品・医療機器」
という選択肢を残すか、十分に議論する
必要があります。
もうひとつは「生体外医療(ex-vivo
medicine)」の考え方です。
一部すでに行われているのですが、
骨のがんで、「骨を取り出して高圧で
がん細胞を殺し、残っている基質だけを
戻す」といった治療法です。
今後、こういった臓器や組織を体外に
出してから治療する、といった概念による
研究が行われていくのではないでしょうか。
医薬品や医療機器としてではなく、
こうした新しい医療の概念に対応した
ものとして細胞をどう扱うか、今後の
課題かと思います。
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私には、非常に興味深い話しでした。
細胞を産業化することの難しさが
良くわかりました。
再生医療の道は、遠いのですね。
もっと近くにあると思っていましたが、
乗り越えなくてはならない、山が
沢山あって大変そうです。
社会的背景と言うか?
文化の問題が大きいですね。
確かに、国家のイニシアチブが
必要と思います。
でも、それを乗り越えたところに
素晴らしい景色が開けるのだと
思います。
頑張ってください。
スピードが大事ですね。
遅れても5年です。
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