それは技術者の夢なのか、エゴなのか
マツダ「SISS(スマート・アイドリング
・ストップ・システム)」(その2)
2009年8月5日(水) 日経ビジネスONLINE
これで、今日、車関連の話題、三つ目です。
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マツダは、スターターモーターなしでエンジンを
再始動できるSISS(スマート・アイドリング
・ストップ・システム)を開発。
試作車レベルでも問題なく動作した。
ところが、SISSは市場に登場することはなかった・・・。
2005年10月の東京モーターショーで、マツダが公開した
「モーターを使わずに燃焼だけで再始動できる」
という“夢のエンジン”SISS(スマート・アイドリング
・ストップ・システム)。
社内では既に商品化に向けた取り組みが始まっていた。
同年4月から、量産化の検討が続いていたのだ。
猿渡も自動車開発に携わる技術者として、SISSに
大きな期待を寄せていたのは間違いない。
ところが、現実にモノを手にして、すぐに頭を
抱えることになった。技術課題が山積みと分かったからだ。
「彼ら(エンジン開発などに当たる基礎技術の
研究者)は、エンジンしか見ていません。
あくまでもエンジンの範疇で『こういう制御を
すれば、止まります、かかります』と出してきます。
ユニットとしては成立しています。
けれども量産となると、エンジンをクルマにどう
配置するか、快適な操作性を実現できるかといった
課題が入ってくるわけです」
悩みは尽きなかった。
「可能な限り、リスクを排除したいというのが本音。
だって、期日切られているわけで(笑)。
『この予算で、この期間で、この計画でやってくれ』
って会社から言われています。
そのリスクを整理しようと思った瞬間に
『あれも見なければいけない、これも見なければ』と
課題がいっぱい出てくる・・・仕方ないですけどね。
それを彼ら(研究者)に頼んだ瞬間、自由な
発想は出ませんから」
「なんでいいところを殺すんや」
いよいよ「燃焼だけで再始動できる」という夢の
エンジンを商品化に持っていく段階に突入した。
オートマチックシステムにはどう対応させるか、
コストはどう抑えるかなど、様々な課題を洗い
出しては、一つひとつ解決していった。
中でも難問となっていたのは、「クルマの振動」
だった。
「スロットルに円盤が入っていて、これで
バルブを開いたり閉じたりしてエンジンの回転の
落とし方をコントロールしているのです。
エンジンの回転をゆっくり落とせば落とすほど、
狙ったところにピストンを止められます。
ただ、落ちていくエンジンの回転数がパワートレイン
の共振周波数の部分をゆっくり通っていくと、
結果的に車両側が持つ共振周波数と合致して、
振動が出てしまう。
たちの悪いことにクルマをすりこぎで回した
ような揺れなので、場合によっては人が酔って
しまうんです」
そこで、解析チームはエンジンと車両系の
モデルを作り、「振動」の回避方法をコンピューター上で
シミュレーションした。
さらに車両系部門にも相談し、マウントのバネ調整や
レイアウトといった対策が施された。
百戦錬磨の技術者たちが、「振動」を抑える工夫に
知恵を絞った。
だが、「振動」の問題を解決する決定打は
なかなか見つからない。
ただ、時間だけが容赦なく過ぎていった。
市場投入の期限が大々的に発表され、猿渡や田賀ら
技術開発者には、もう後がなくなってしまった。
そこから半年間、2009年内のSISS商品化に向けて
必死で取り組みを続けていた。
しかし、「無音でエンジンがかかる」という
“マジック”を断念しなければならない日が来る。
「2005年4月から2007年9月まで、ずっと、とことん
『逆転×逆転で実現したSISS』で粘っていました。
当然クルマは作っていますし、SISSを搭載した
モデルを欧州に持ち込んで消費者評価から何から
全部やっていましたから」という猿渡の言葉には
悔しさがにじむ。
なぜマジックを断念しなければならなかったのか。
最大の障壁となったのは、燃費だった。
燃焼だけでエンジンを始動させる場合には、
かなり精密にピストンの止まる位置を制御
しなければならない。
しかし、巨大なオルタネーターだけでは
厳密な制御はできない。
そうなると、エンジンの回転速度で微妙に
コントロールするしかなかった。
そのためには、エンジンの回転数をできるだけ
緩やかに落とさなければならない。
「エンジンの回転数が高ければ、緩やかに
落ちていきます。
ですから、理論上は車を止める前に回転数を
高めておけばいいとなります。
ただ、これを運転のシーンで考えると、
ドライバーがブレーキを踏むと、突然エンジンが
吹き上がる・・・違和感がありますよね。
そこで、違和感をなくそうとすると、
あらかじめ回転を持ち上げるしかない。
これで確かに違和感はなくなった。
だけれども、回転を持ち上げるということは、
その分、余計な燃料を消費するハメになる」(猿渡)。
SISSではなく、モーターアシストによる再始動
ならば、必要な“最初のピストン停止位置”の範囲が
より広くなり、エンジンの落とし方が早くても
範囲内に止めることができるようになる。
よって、モーターアシストを使えば、従来の
エンジンよりも最大10%燃費を改善できる。
これに対してSISSにこだわると、2%目減り
してしまい、8%になると言う。
「もともと燃費を改善するための技術が、
技術自体を目的にしてしまった瞬間、燃費を
悪くする・・・これはおかしい、と。
じゃあ、燃費の改善効果は10%だけど音が
するのと、無音だけど8%、どっちを取りますか?
結論は見えています」
「SISSは技術的にはものすごくおもしろいけれど、
本末転倒だろう、と。
過去、我々はエンジニアリングのエゴで
失敗しています。
あまりにも技術にこだわりすぎて、
ユーザー視点で物事を見ていないのではって。
それはまずいだろう、と。
こうして、2008年に、井巻や山内孝(現社長)ら
経営トップも交えた会議の末、「自動車産業史上に
なかった画期的な技術」ではなく
「環境に優しい技術」が選ばれることとなった。
それが、6月発売の新型「アクセラ」に搭載された
「i-stop(アイ・ストップ)」というわけだ。
結局、“燃焼のみによるエンジンの再始動”
という夢は果たされなかった。
しかし、i-stopが優れたシステムであることに
変わりはない。
「単純にアイドリングという走らないところの
ムダを取っただけ。
走りへの影響は全くない。
走りを全く犠牲にせずに、環境に対して配慮した技術。
だから、i-stopっていうのは『サスティナブル
“Zoom-Zoom”宣言』にのっとって技術開発された
最初のプロダクトであり、マツダにとって象徴的な
技術なんです」
「燃費や振動の部分では、ある意味、限界を
感じていたので、そういう選択肢も仕方ないかな
と思っていたんですが、内心は『じゃあ、もう
(技術研究所に)帰っていいでしょ』って」(笑)
ところで、これからも“燃焼のみの無音の再始動”
というマジックに挑み続けるのだろうか。
猿渡に尋ねると、表情を固くして言った。
「今あるクルマは、SISSと物理的構造は何も
変わっていません。
コンピューターを1個変えたら、無音で再始動
するエンジンにすぐできるんですよ」
田賀も黙ってうなずいた。
それでは、まだマジック実現の可能性は残っている?
「やろうと思えばですね。ただ、2%の燃費の
悪化と振動の解決のブレークスルー技術がなければ、
戻すつもりはありません」
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断念した原因は、エンジンそのものではなくて、
二次的なもの、でも、ある意味本質的なもの、
ということですね。燃費が悪くなるのは、致命的です。
さらに挑戦してください。
きっと逆転の発想がでてくるのではないでしょうか?
困難を乗り越えていくところに、
技術者の生き甲斐があるのだと思っています。
残念だったでしょうが、楽しい経験をしましたね。
これからも頑張ってください。
夢をありがとう。
ロータリーエンジンも、会社としては、
失敗だったかも知れないけれど、
私としては、夢を、一つの挑戦をそこに見て、
素晴らしいことだと思った記憶があります。
燃費とか、環境とか、無関係になれれば、
素晴らしい技術であるのに残念です。
なにごとも、バランスの上になりたつものなので、
仕方のないことではあるのですが、
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