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2009年1月の投稿

2009年1月29日 (木)

インドネシア人介護士が仕事を始める

これでは“派遣切り”予備軍に
役所が貪る「外国人介護士・看護師受け入れ利権」

>日本側で唯一の斡旋機関を務める
>「国際厚生事業団」(JICWELS)が、
>手数料などの名目で1人当たり約16万円を徴収する。
>JICWELSは厚労省傘下の財団法人で、
>歴代理事長を同省の事務次官経験者が務める天下り先だ。

>斡旋といっても、受け入れ施設は介護士と事前に面接すらできない。

決して外国人の受け入れに反対しているわけではないのですが、
これはどう考えれば良いのでしょうか?

いったい誰のための介護士受け入れなのでしょうか?
本当に介護される人達の為になるのでしょうか?

そして、介護にまじめに取り組もうとしている人達に
対して誇れることなのでしょうか?
もう少し、工夫があってもよいのではないでしょうか?

単なる天下り組織の為、官僚の受け皿作りなのでは?
と疑ってしまいます。

何故、16万円も徴収するのでしょうか?
疑問だらけです。

>施設としては、3年かけて仕事を教え、
>1人前に育てたところで人材を失うのだ。
>介護を受ける利用者にとっても、
>慣れ親しんだ相手と別れることになる。
>十億単位の税金をつぎ込んだ結果がこうだ。
>官僚機構の仕事が増えただけで、後は何も残らない。
>これが今の制度の実態なのである。


本当に、受け入れた介護士達が定着すると
考えているのでしょうか?

無責任ではないでしょうか?

定着できなければ意味がないではないですか?


>先進諸国で少子高齢化が進む中、
>若く優秀な労働力に対しては
>世界的な争奪戦も始まっている。
>日本が身勝手な受け入れ政策を続けていれば、
>やがては彼らからも見放されることになる。

遠からず、世界から、見放されると確信します。

資格は無視できないにしても、資格に執着するのは、
いかがなものかと思います。

大切なのは、介護する心です。

心がなければ、何のための資格?
介護士の適正は資格では判定できません。

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2009年1月26日 (月)

強い国を作った「人を切らない」思想

2009年1月20日
強い国を作った「人を切らない」思想
“障害者集団”、スウェーデン・サムハルの驚愕(最終回)

>数人の男たちが熱心にメモを取っていた。

>2008年4月、サムハルが受託している民間郵便会社の
>配送所には、トヨタ自動車の社員がいた。
>2008年5月、トヨタループスという特例子会社を作った
>トヨタ自動車。

>トヨタの社員がサムハルを訪ねたのは、
>2万人の障害者をマネジメントするノウハウを
>学ぶためだった。

>トヨタは今年度の決算で営業赤字に転落する
>ことが濃厚になった。
>進行中のプロジェクトは、その多くが中止や
>凍結の憂き目に遭っている。
>だが、障害者工場プロジェクトだけは継続して
>進めることが決まっている。
>それだけ、トヨタは障害者雇用に本気なのだろう。

>「あなたはスウェーデン語が話せませんよね。
>ここでは、あなたが障害者なんですよ」

>この幹部は冗談で言ったのだろうが、
>この一言は有村の心に響いた。
>環境が変われば、誰もが不自由な状況に置かれ、
>誰でも障害者になり得る。
>これは、裏を返せば、個人の差異は何も特別なこと
>ではないということでもある。
>障害を持つ。それは特別視するようなことではない。

>スウェーデンから帰国した翌日。
>バスに乗ると、車いすの青年が乗ろうとした。
>運転手が手伝ったため、発車が2分ほど遅れた。
>すると、青年に聞こえるように、1人の老人が呟いた。

>「お前のせいで遅れたんだから、一言、
>何か言ったらどうだ」

>青年はうつむいたままだった。
>自分自身を含め、誰も乗車を手伝わなかったし、
>老人に注意もしなかった。
>何より、そんな光景を前にしながら、
>体と口が動かない自分を恥じた。

>と同時に、スウェーデン社会との違いを肌で感じた。
>この意識の差はとてつもなく大きいのではないだろうか。

>なぜサムハルが存在しているのか――。
>これまで、この疑問を何度も繰り返してきた。
>社会的使命、社会的コストの低減、企業としての努力、
>時代に対応するマネジメント。
>答えはいくつも挙げられる。

>だが、最大の要因は国民の意識。
>サムハルに500億円の税金投入を許す
>国民の存在だろう。

>スウェーデン人の多くはサムハルを
>必要なものと考えている。

>民業圧迫批判は常に起きるが、「解体せよ」という
>議論にはならない。

>国民負担率で70%を超える高負担の国だが、
>「障害者に働く機会を与える」という政策を
>実現するために、自分たちの税金を使ってもよい
>とスウェーデン人は考えている。

>人口900万人の国と1億3000万人の国を
>比較することに異論もある。

>だが、介護や教育などの行政サービスを提供している
>のは基礎自治体。
>日本の市町村と規模はそう変わらない。
>スウェーデンの高福祉路線を支える地方分権と
>住民自治は日本でも見習うべきものだ。

同感です。
是非、真摯に議論して欲しい。
現在の子供達に託す、これからの日本について、

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企業の役割

昔見た、「禅の修証義」に

”治生産業もとより布施にあらざることなし”
と言う言葉があったのを思い出しました。

企業とは、そういうものだ。
そうでなくては、ならないと思ったものです。

朝日新聞の記事中にあった、
ドラッガー学会代表・立命館大客員教授の
上田 敦生氏が言っている、ドラッガーの言葉

----------------------------
「組織はすべて、人と社会をよりよいものにするために
存在する」

「企業たるもの、社会の安定と存続に寄与しなければならない」

「利益は、きょう事業を行い、明日さらにいい事業をおこなうための
条件です」
-----------------------------

と同義だと思います。

企業の役割をもう一度見直して欲しい。
社会を不安定にしては、いけません。

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日本の住宅ローンは世界から見れば変則です

日本の住宅ローンは世界から見れば変則です
(投資せずに貯蓄に走る国民性の根本原因がこれ)

>借り主の責任が限定されるノンリコースローン

>ノンリコースについて説明いたしましょう。
>少々乱暴に言えば、住宅ローンの月々の支払いが滞り、
>支払い不能に陥った場合、住宅をローン会社に譲り渡し、
>返済を止めてしまえば、ローン残高を支払うことなく、
>ひとまず一件落着となる、ということです。

知りませんでした。
こういうことがあるんですね。

欧米の町並みの素晴らさ!
いつまでも、変わらない景観!
その大本には、こういう理由があるのかも知れません。

伝統を重んじる文化もあるでしょうが、
何かしらの、強制力がなければ、
成立しないはずで、強力な強制力を持つ法律が
何故成立できたのか?
不思議でした。

一考の価値があると思います。

家の持つ資産価値というものは、
そんなに変わってはいけないもののように思いますし、
それを守る仕組みと、
守るんだという強い意志がなければいけないように思います。

ひとつ勉強になりました。

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2009年1月24日 (土)

「杖」と言う言葉の意味について

ヒルティの「眠られぬ夜のために」という本の中に

>2月23日
> ヨハネの黙示録21の5-8

>  希望と愛とがめざすものは、決して成就することのない
> 完全性である。
>  それでもなお、固くそれを抱き続けるならば、人生の塩となり、
> 杖となる。

という言葉があります。

この言葉は、私の好きな言葉のひとつなのですが、

その中の「杖」と言う言葉の意味について、

「杖」と言う言葉の持っている重さが
今になって分かったように思えます。

健康と思っていた時には、少し歩くことが
不安定になってきた時でさえ、邪魔だと、思う時がありました。
邪魔だな~と、歩くのに邪魔だと、早く歩けないじゃないかと、

その意味など、考えたことはありませんでした。

でも、今思うのです。
今だから、かもしれません。

邪魔どころか、不安定な自分を支えてくれる大切な
ものではないのかと、そう思うようになりました。

健康な時は、「杖」なんてと、すごく軽く考えていました。

「杖」は、物理的な存在だけでなく、その人の心も支え、
導いてくれる大切なものではないのかな?

ふと、そう思いました。

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2009年1月16日 (金)

“いい人生やった” その一言のために

NHKの番組、「プロフェッショナル 仕事の流儀」で
「“いい人生やった” その一言のために」 
  ~診療所医師・中村伸一~ 2009/01/13

    神の手だけが名医じゃない!

を見た。

すごく良い番組です。
是非、これから医師になろうと
志している人達に見て欲しい!
理想の地域医療がここにあると思う。

こんな先生が近くにいたら、みて欲しい、
担当医になって欲しいと、心から思いました。

中村先生のブログはここ

この番組で特に心に残った言葉は、

「お互い様」と言う言葉です。
互いに批判しあうのではなく、
支え合う時に出てくるものだと思います。
素晴らしい言葉ですね。

この言葉があったからこそ、今の中村先生があり、
地域医療ができあがったのです。
この重みが心にしみます。

お互いに批判し、裁判ざたになってしまうことが多い
この時代にあって、こんなにも広い心を持った
人達がいるのだということに感動します。

若い頃は、自分がみんなを支えているのだと、
そう思っていたけれど、経験を経て今思うのは、
実は支えていたつもりだったけれど、逆に支えられて
いたのだ、見守られていたのだと、
だから、こんどは、私が恩返しをする番です。
と言っていました。

現代の赤ひげ先生です。

みんなに見てもらいたい番組です。

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2009年1月10日 (土)

医師がなぜ医師増員に反対するのか

日経メディカル ブログ:本田宏の「勤務医よ、闘え!」
医師がなぜ医師増員に反対するのか
2008. 9. 12

何故でしょうか?
現実に起こっていることを素直にとらえれば、
反対というのは、考えられないのですが?

本来なら医師が自ら、立ち上がらないと
いけないのではないですか?

現状をハッキリ認識しているのは医師たちの
はずなのですから、

医師という職業の本来の目的に立ち返って、
正しい行動を起こしてもらいたいものだと
思います。

本当に困っている人々を放置していて良いのですか?

皆で、真剣に議論すべき時ではないでしょうか?

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2009年1月 2日 (金)

新年の挨拶

明けましておめでとうございます。

皆さんにとって、今年も良い年でありますように
祈っています。

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