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2007年5月 1日 (火)

選挙の投票は義務化したらいかが?

選挙の投票は義務化したらいかが?
2007年4月26日 木曜日 ブルース・ホルコム

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ブルース・ホルコム
(Bruce Holcombe)

初来日は大学卒業直後の1973年。再来日した1978年、
言語学研究で東京外語大と国立国語研究所に籍を置く。
1980年豪州政府に派遣され、オーストラリア人同時通訳の
第1号となる。
1985年に日本で会社設立
(旧レクシス現在ホルコムアソシエイツ)。
数カ国語を駆使し、多分野において、通訳だけでなく
コンサルティング、講演、執筆など幅広い活躍をみせる。
ワイン、競馬、音楽、野菜作りなど玄人顔負けの趣味でも
知られる。
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ブルース・ホルコム氏の記事を転載します。

全く同感です。
どうして日本は、そうならないのでしょうか?

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 今週ようやく近所が通常の静かな状況に戻りました。
 この2週間、選挙カーに乗った選挙候補者が、
やかましくて無意味な
「だれだれでございます!よろしくお願いいたします!」
という叫び声をあげながら、家の周りをぐるぐる回っていました。

 皆さんも同じように、朝から晩まで選挙カーからの叫び声を
耳にしていたでしょう。逆に「うるさいっ」と自分の窓から
言い返したいくらいでした。

 35年ぐらい前にはじめて日本に来たときと比べてこの風景は
ほとんど変わっていません。日本以外ではこんな光景は
見たことがありません。爆音を使う意味では、
右翼団体の街宣車のやり方に少し似ていますねぇ。

 果たしてこれは真の意味での民主主義の証でしょうか。
 私はそう思いません。本来なら政治家はマスコミや
インターネット、街頭演説や集会、チラシなどを通じて、
自分が考えている政策や公約を選挙民に伝えることが
できるはずです。

 政策的なメッセージのない、騒音公害でしかない選挙カーは、
選挙民との伝達媒体としてはもはや時代遅れです。

 教養レベルの高い大半の日本の国民を馬鹿にしているとしか
考えられないのです。

 街頭演説のため以外の選挙カーを禁止したらいかがでしょうか。
 そのかわりにチラシやマニフェストなどの配布を完全に
自由化したほうがいいと思います。
 私はそもそもマニフェストの構成と配布に対しての制約は
さっぱり理解できません。

 実は2カ月ぐらい前にマニフェストについての新聞の記事を
読んだときにぶったまげた! 3月22日に施工された公職選挙法の
改正によって、ようやく知事や市長や区長などの選挙で
マニフェストの配布が可能になりました。
 ただしその大きさは紙A4版1枚(2種類まで)で、
しかも県、市、区などの人口によって配布できる部数が
規定されています(要するに限られています)。

 どうしても胡散臭いのです。どうやってA4 版1枚の中で熟した
政策案を説明できるでしょうか。
 またなぜ配布可能な部数を選挙区の
選挙民の人数以下に抑える必要があるでしょうか。

 できる限り多くの選挙民に文書で候補者の公約が伝わることが、
風通しのいい民主主義の証ではないでしょうか。
 そして一旦候補者が当選したら、そのマニフェストが一種の
政治ガバナンスの道具にもなります。

 あくまでも自分の勝手な推測ですが、これはまた役人が

必要以上に 国民を「守る」ために絡んでいるような気がします。

 明らかに民主主義の発展のための規定ではありません。

 日本では、若い人は政治に対して無関心だとか、
政治に活気がないとよく言われます。
 私はそれを痛切に感じます。

 一党が戦後数十年間にわたって90年代前半のわずかの間を

除いて 政権を握っているのは異常です。

 システムが行き詰まっているようです。

 それで私は1つ提言があります。
 4年ぐらい前に東京外国人記者クラブで講演会に出席しました。
 招待されたスピーカーは中曽根元総理大臣でした。
 彼のスピーチが終わり、質疑応答の時間に入ったときに質問をする
チャンスが回ってきました。

 最近の日本人は政治に対する関心が著しく下がっていることを
指摘した上で、日本で選挙に投票することを義務づけたら
どうかと問いかけました。
 彼の答えに大変驚きました。中曽根さんは全くためらうことなく
「それは民主主義ではない」と断言したのです。

 たまたま隣に座っていたベルギー人は私と同じようにあきれた顔を
していました。私の母国であるオーストラリアと同様にベルギーも
義務投票制度となっているわけです。

 オーストラリアでは選挙の投票の義務を果たさない場合は罰金が課されます。
 一般的に選挙に対して関心が非常に高いし、投票率も100%に近いのです。

 こういった制度は社会的弱者を積極的に政治プロセスに

参加させる ことになります。定期的で健全な政権交代も促します。

 中曽根さんの意見が示すように、日本で長々と政権を支配してきた与党は、このような制度の導入には一切興味がないのは間違いないことです。
 ずっと勢力を取り戻していない野党はいかがでしょうか。

 ちなみに、私のように永住権を持っている在日外国人の

投票権は、 極わずかの自治体で認められているだけです。

 世界を見渡せば、 移民してきた人たちに投票権を認める国は

意外と多いです。


  イギリスやポルトガルのように、総選挙の投票権を認める国もあります。
  現在、日本は移民の時代に直面しています。
  在日外国人の様々な権利の問題を洗い直す時機では
ないでしょうか。

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