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2007年4月の投稿

2007年4月30日 (月)

失うことででのみ

 随分経ちましたが、樹木 希林さんのニュースがありました。

 網膜はく離で、片目を失明されたそうです。
 自覚症状がなく、突然だったようで、一瞬絶望したと
言っていました。
 そのショックはどのほどのものだったでしょうか?

 私も、網膜はく離になりかけて、治療を受けました。
 本当に自覚症状がないので、油断大敵ですね!

 ただ、網膜はく離は、かなり治療成績が良く、改善できる
はずなのに、治療しなかったというのは残念です。

 人それぞれ、考え方があるのだから、

なんとも言えませんが。

 「これを、人の表面ではなく、その裏側も見ることの
できる人になる一歩にしたい」と、言っていたのには、
感心しました。

 人は、とかく、外見にとらわれがちです。
 特に若い人はそう、樹木 希林さんもそうだったと
言っていました。
 だから、このことを、既に言ったようなことの出発点に
したいと、

 大切にしないといけないのは、外見ではなく、
見えない部分にあると思います。

 見えない部分にこそ、本当に大事なことがあるし、
見えている部分が全体の何パーセントにあたるのか
数値で示すのはむずかしいですが、比率からいっても、
そんなに重要視するべきものではないはずです。

 それこそ盲目の人にとって見れば、外見など、
全く意味を持たないわけで、重要なことではないのです。

 もっと大切なものにこそ、眼を向けましょう!

 失うことででのみ得られるものがあると思います。

 その意味で、樹木 希林さんの体験は、樹木 希林さんの
人生にとって、重要な位置を占める事になるでしょう。

 「わからなかったら目をつぶれ」と言う表現があるようです。
 見えているものにまどわされるな! ということですね。

 目に映るものには限界がある!
 目に見えるものは、ほんの一面でしかなく、正しいとは
限らないということを心に刻んでおきましょう。

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超清潔志向の落とし穴

 テレビ東京の「医食同源」と言う番組で、「清潔志向の落とし穴」
と言うテーマの話がありました。

 あまりに行き過ぎた、清潔志向は返ってマイナスになるという
ことを、

 例えば、体の表面には人間と共存共栄している細菌(常在菌)が
住んでいて、その細菌が皮膚を守っているらしい。
(雑菌が繁殖するのを防いでくれる)

 清潔にしようとして、洗いすぎるとその細菌がいなくなって
しまう。

 そうすると、いままで繁殖できなかった雑菌が繁殖して、
皮膚炎になる。

 それだけでなく、皮膚の表面を覆っていた膜も失われることに
なるので、皮膚が乾燥してしまう。

 というふうに、良くないことになるらしい。

 毎日風呂に入るのは良いが、石鹸であまり熱心に洗うのは返って
良くないらしいのです。

 特に、年をとってくると、失ったものを回復するには時間がかかる。
 あまり、熱心に洗うのも考えものということです。

 少し考えなくては、

 人間の体には、同様のことがいろいろあるようです。

 目には見えないけれども、昔から、共存共栄してきているので、
全てのものに、それなりの意味があるということです。

 人間は生物学的に見ると、2万年前と変わっていないらしい、
ということは、2万年前の環境に住むのに適した体だということで、
それからすると、現在の環境は、あまりにかけ離れた
環境ということになる。

 悪玉の一番にあげられている、大腸菌ですら、それなりの
意味があるらしい。

 大切なのは、各々が存在するバランスなのだと、

 何かが良いということになると、
 極端に、そのことのみに注力してしまい、
最も大切なはずのバランスを崩してしまっている。


 ということを言っていました。

 そうだと思います。

 今の科学はまだまだ、不完全で、いろいろなことがらについて
の理解は、不十分です。

 今まで、良いと言ってきたことが、実は、まちがっていたと
いうことが、沢山あるわけで、科学は、ここでは医学
ということですが、発展途上なのです。

 というより、そもそも、「科学は日々変化していくものだ」
というのが正しい認識だと思います。

 だから、今の判断としては、こうするのが、正しいらしいと
理解するべきではないかと思う。(絶対ではない)

 以前、本で読んだ内容に、風邪の時に出る熱のことについての
記述がありました。

 風邪で熱が出ることは、本来人間に備わっている
正常な防御反応なのだと、
 風邪に対抗する為に、体の防御システムを働かせた結果、熱がでる
のだということです。

 従って、この熱はコントロールされたもので、体の防御能力が
良く働く温度にしようとしてそうなるらしい。
 (だから自然には、それ以上温度を上げようとしても
  上がらないし、下げようとしても下がらない)

 人間の体というものは良く出来ているもので、そのことを良く
理解しておく必要があると思います。

 熱を下げるということは、体の防御能力を落としているのだと
いうことを、理解しないといけない、。
 防御能力を落としてでも、熱を下げるのが良い時のみ
落とすと言うのが、良いやり方というものですね。

 解熱剤を飲んでせっせと熱を下げるというのは、
乱暴な話なのです。
 やみくもに熱を下げるのは良くないのです。

 どうも、一面ばかりを見て、進みすぎているようです。
 醜いものであろうと、なかろうと、全てのものに存在意義が
あるのだと、認める必要があるのではないでしょうか?

 異質なものを全て排斥しようとする、今のやり方は
間違っていると思います。

 均質社会はどこかおかしいのです。

 そのことで、切り捨ててしまったことは、すごく大きなことで、
大切なものを切り捨ててしまっていることに、
気づいていかないといけないと、心から思います。

 大切なのは、すべてのものについて、その各々の存在意義を
認めあうことと、そのバランスが大事なのだと思う。

 そして、その各々がどういうふうに関連しあっているのかを
しっかり理解すること。

 これは、難しいと思います。

 これから、何年経てば理解されることになるのでしょうか?

 大げさに言えば、果たして人間に理解しきることができる
のでしょうか?

 失われて初めて、その存在価値に気づくというのが、大部分。
 そうだとすると、人間が滅亡しないと駄目?

 失われてすら、理解しないというのもあるし、人の命などは
あまり意味を持たないように見えますが、
どうなのでしょうか?

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大丈夫

大丈夫だよ!

大丈夫

大丈夫

何があっても!

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裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)

>東京女子医大病院と、同病院で手術を受けた患者家族で
>組織する東京女子医大患者連絡会」は4月18日、
>「共同記者会見を開き、両者が共同で取り組んできた
>「訴訟によらない解決
>(ADR:Alternative Dispute Resolution)」で、
>これまで検討した8例全例について和解に至ったと発表した。
>院長の永井厚志氏は「医療過誤と指摘される事象は
>認められなかったものの、
>必ずしも患者への説明は十分ではなく、診療記録などにも
>不備があった」と和解理由を説明した。

 良い方向に向かっていると思います。
 医師と患者は敵対するものではないはずです。
 共に病気という敵に対していく、戦友のはずです。
 あるいは、患者と共に歩む伴走者です。

 そうあって欲しいと願っています。

>こうした難しい治療だからこそ、インフォームドコンセントが
>重要になるが、「医師は説明したつもり、患者は分かったものと
>思っても、そうでないことが多い。
>医療にはおのずから限界があるが、それが医師と患者の
>共通認識にはなっていなかった」(黒澤氏)。
>その結果、トラブルに発展したのが今回のケースだ。

 このことを十分に認識すべきと思います。

>永井氏は、「医療は不確実であり、100%完璧な治療法はない。
>医療側、患者側の双方が納得の行くまで説明し、
>治療に臨むことが必要」

 そうですね。

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制限されないと

 制限されて初めて出てくる感情があると思います。


 そのことを実感として感じて初めて、学ぶことができるものが

あります。


 理屈ではない湧きあがるもの、そういうものがあると思います。

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信長方式

 何かを決める時の、そのやり方です。

 「信長方式」とは、簡単に言うと文句があるなら物申せ!
 というやり方らしい。

 文句のつけ方は、違うやり方を提案して、こうだから、
こちらの方が良いと、文句をつけるのです。

 普通、何かを決断する時は、賛成方式をとるのが、

一般的ですが、 これが良いということを、はっきり示すのは、

難しいことが多いのです。

 それで、この「信長方式」というのが、有効だということらしい。

 なんとなく、わかる気がします。

 単純に、批判するだけなら、出来ますが、理由をつけて、
しっかり反論するのは、なかなか、出来ないものです。
(政治家の議論は議論になっていない!)

 だから、このやり方は、有効かもしれません。

 ただ、気をつけなくてはいけないのは、その前提条件があると
いうことで、

 その前提条件とは、

 (1)「自分に自信がなく,お伺いや同意を求める姿勢を

   とってしまうと,自然に賛成方式となってしまう」


 (2)「高い質の企画・計画を追求する姿勢と責任を自身で

   負うつもりの覚悟が必要」

 (3)「自分自身に強い圧力を与え続ける事が基盤」

 ということです。

 心に留めておきましょう!

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行動しなければ

行動しなければ、実際に動かなければ、何も変わりません!

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適切な質問

 適切な質問をしなければ、適切な回答は得られません。

 もし、回答が期待したものと違っていたとしたら、
自分の質問の仕方、その内容を疑いなさい!

 相手に自分の言いたいことを良く理解してもらって初めて、
適切な回答が期待できるのです。

 相手によく理解してもらうように話すというのは、
実は大変難しいのです。

 相手の立場にたってみなければ出来ないことです。
 良く考えてみてください。

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生きるためには目標が欲しいと思う

 まったく、人間は贅沢なものだと思う。

 1日1日を大切に、心をこめて生きること、
それだけで、その中から得られる喜びだけで、十分なはずなのに、

 さらに、目標が欲しい、挑戦する何かが、欲しいと考える。

 目標に向かって生きる、その過程に生きがいがあり、
達成感があり、人生の充実感がある。
 それが得られれば、さらに人生は良くなると考える。

 その通りだが、贅沢だよね。

 まず、一日一日を大切に、心をこめて生きることに
一生懸命になろう。

 これだけで、大変、

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人の価値

人の価値は危機に陥った時にどう動くか、

どう対処していくか、

そのことを着実に実行できるかどうかで決まると思います。

私はどうだろうか?

そうしていると思っているのだけれど、

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笑顔はいいよね

笑顔はいいよね!

本当にいい!

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 今を楽しむことの出来ない人は、

決して将来も楽しむことはできないだろう。


 何故なら、今が未来なのだから、

今は、一瞬後には未来。


 その時あるものを、楽しむことも必要だと思う。

 それは、それで大切にして、


できれば、今を、目標実現の為の、一歩としたい。

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権限委譲について

 権限委譲をしたからには、委譲したことに関して心配したり、

口を出したりしてはいけません。

 任せるのです。

 そうでなければ、委譲した意味がないではないですか?

 委譲したその後まで心配したのでは、委譲とは言いません。

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ポジティブフィードバック

フィードバックするのなら、ネガティブではなく、

ポジティブに!

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手ぶれ補正

 初めて気がつきました。

 見ている像には手ぶれ補正がかかっているのです。

 身体がある程度動いても、網膜に写る像が

動かないように、 目が自動的に動いて補正をかけて

いるのです。

 今、私は、その自動補正がうまくいかなくなりかけて

います。

 例えば、歩いていて、見ているポスターが上下に動いて

見えます。

 本来なら、静止して見えるはずなのです。

 以前はそうでした。

 でも、今は違う。

 歩いている時、下を見ると、地面が流れて見えます。

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アサーション(assertion:心理学用語)その2

 人を動かしたい時は、文句をいうのではなく、

 やって欲しいと思うことと、その理由を言うことに
徹してください。

 だから、言う前に、何が自分の望みなのかをはっきり整理してから

言わないといけません。

 誰々はやっているのに、あなたは、と比較することも
いけません。

 けなすのもいけません。

 私はこう思うから、こうして欲しいというのが正解です。

 どう判断するかについては、相手にまかせるしかないのです。

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アサーション(assertion:心理学用語)その1

 アサーション とは、相手を傷つけずに自分の気持ちを
素直に表現する言い方のことだそうです。

 例として、
 自分が期待した反応が相手から出てこないと、
相手を強く非難したいと言う気持ちや、怒りが湧いてきますが、
どうするのが良いのでしょうか?
 良くありそうな場面ですが、どういう言い方が良いと思いますか?

 下記が回答です。

 怒りの感情はやっかいです。
 無理に押し殺すと、他の感情も閉じ込めてしまい、
人とのコミュニケーションがぎこちなくなります。

 そうかといって、そのまま怒りを相手にぶつければ、
当然、関係は悪くなります。

 その時、まず自分の気持ちに気づく必要があります。

 自分の気持ちに気づいたら、それを素直に表現します。

 その場合、「お前はなんでちゃんとやらないのか」、
「君は何でもっと早く出来ないのか!」と
相手を主語にしてはいけません。

 そして、怒りの感情の背後にある相手への自分の期待を
見つける工夫をします。

 そのためには、主語として「私は」とはっきり言うことです。

 「私は、本当はあなたにこうして欲しい」、
「私は、明日までにこれをやって欲しい」といった調子です。

 自分の気持ちをはっきり言うことで、相手を非難したり、
傷つけたりすることがなくなります。

 あなたも、こうしたことを心がけながら、人とのコミュニケーションに

努めてみてください。

 人とうまくコミュニケーションすることは難しいですね。

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“土”も裸が嫌い

 かなり前に放映された、NHKのドキュメンタリー番組の

中で、 言われた言葉です。

 「“土”も裸が嫌い」と言う言葉です。

 土に心があるわけではないけれど、やさしさがにじみ出た、
普通では出てこない言葉ではないかと思います。

 土が“かわいそう”だから、雑草を刈ることができないと言う。

 雑草は、刈っても、刈っても、生えてきて、
どちらかと言うと、憎らしい存在でしかないと思って

いましたが、 そういう考え方もあるんだなと思いました。

 相手の身になって、人間だけでなく、植物のみならず、
万物に対しても、思いやる心
(この場合は愛情と言った方が良いかもしれない)
を持つことが必要ではないでしょうか?

 最近、本来やさしいはずの日本人が、

やさしさを失ったような行動が 多く見られるように

なったことに胸を痛めています。

 子が親を、親が子を殺すとか、虐待するとか、
今までは考えられなかったことが、起こっています。

 多分教育のどこかに間違いがあるのだと思います。

 学校の教育もそうですが、それだけでなく、家庭も

含めた社会全体の 意識が足りなくなってきたと

感じています。

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不安

不安を不安だけの為、悲しみを悲しみだけの為にしては

駄目ですよ!

そのことをバネにして少しでも前に進まないと、

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告知について

 例えば、「あなたはガンです」と告知することは、
必要なことだと私は考えます。

 何故なら、敵を知らずして、闘うことは出来ないからです。

 そのことは、必要と思いますが、
「あなたの余命は何年です」と告知するのは、
あまり望ましいことではないと考えます。
 というのは、言ったそのことが、暗示となる可能性があると
思うのです。
 そのことが、命を限定してしまうかもしれないからです。
 そのことを十分に考慮して欲しいと思います。

 言うのなら、せめて、統計的にはこうだけれども、
あなたの場合はそうでないかもしれないと、
何かしらの希望を与えるような言い方が良いと思います。

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私の病気に利点があるとすれば

 私の病気に利点があるとすれば、

ゆっくり進行するということだろうか?

 これは、利点ともいえるし、欠点とも言える。

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肯定するということ

 肯定することが、これで良いと思い切ることが、
スタートだということはわかっている。

 人は、状況の変化があると動揺する、特にそれが受け入れがたい
ものであればあるほど、動揺は大きい。

 でも何とか、自分の残された命を大切に生きたいと思い、
その動揺をやっとの思いで受け入れる。

 受け入れたと思う。

 でも、これは頭の上でのこと、実際に、自分の身に変化が

起こると、 理解していたはずなのに、また動揺すると思う。

 例えば、どうやっても歩けなくなった時に!

 でもやはり、自分の残された命を大切に生きたいと思い、
そのことを受け入れるのに懸命になる、そして、やっと受け入れる。

 でも、受け入れたと思ったら、又、変化がやって来る、
その繰返しではないだろうか?

 しかも、悪くなる一方なのだ。

 どうなっていくかのストーリーは頭に入れた。

 これで、良いはずなのに、これで、頭の上で肯定できたら、
良いはずなのに、

 頭でわかることと、実際とはやはり、キャップがあると思う。

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危機感

 緊迫感については、持っていたいと思うけれど、

それとは別に、危機感はあります。

 だって、この調子、実感として感じてるわけだから、

ここから来るのは、不安!

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緊迫感をもって生きたい

 大切な時間を、心をこめて生きることができるように、

緊迫感を持って生きたいと、切実に思う。

 けれども、あと一年と言われたとしても、

気分が良い時は、多分、緊迫感がなくなって、

余命一年どころか、いつまでも生きられると思っている時のような

生活をしてしまうような気がする。

 これでは、時間を無駄に過ごしてしまう。

 いつも思いを新たにして、生きていきたいと思う。

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好奇心

僕には好奇心があります。

この心を大切にしたい!

知らないものを知りたいと思う。

知らなかったものを知る喜び、

この喜びを大切にしよう。

知ることは喜び!

いつまでも失わずに持っていたいと思う。

これは天性のもの

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 「全てに時がある」と言う言葉がありますね。
 その人の人生において、何かをする、「最適な時がある」ものだと
思っています。
 それも、二度とこない貴重な時というものが、


 藤原雅彦さんの「数学者の意地」という本の中にも、

>一生のある時期に読まねばならぬ本というものがある。
>その時期に読めば、情緒力向上に大きな力を発揮するが、
>それを逸すると、ほとんど無意味な本である。
>同様に、歌にも、ある時期にぜひ唄うべきものがると思う。
>それは最近の子供達が口にする、CMソングや、

>連続テレビ漫画の 主題曲ではない。

 と言う文章がありました。

 人間は物理的な存在である以上、脳の発達から言っても、

最適な時が あるはずだと思う。

 けれども、具体化しようとすると、

 例えば、絶対音感については、

>精度の高い絶対音感の習得には臨界期があり、

>3歳~5歳くらいの間に 意識的に訓練をすると

>かなりの確率で身につけることができるが、
>それを過ぎると習得は困難であるとの説が
>昔から根強く言われているが、
>明確な学術的データが存在するわけではなく、
>また前述のように、どの程度の精度があれば絶対音感である
>といった明確な定義がないので、何とも言い様がない。

 ということになる。

 残念ながら、どの時期に何をするのが最適なのか、よくわからないというのが実情だろう。

 なんとも、心許ないことである。

 結局、後になって、あの時こうしておけば良かったと、言うことにしかならないのかもしれない。

 時間を無駄にしないように、その時、その時を、自分の信じる所に従ってしっかり生きると言うことしかないのだろうと思う。

 私は、どういう訳か、日本の叙情歌というものが好きである。
 何度聞いても飽きない。
 特に「浜千鳥」という歌が好きである。
 曲も、詩も、

 何故だろう?

 育った環境のせい?

 聞いていたとは、思えないが、
 小さい頃に、聞いていたからだろうか?
 性格が関係するのだろうか?

 歌に対する好き、嫌いはどこから来るのだろうか?

 とにかく好きなのだ!
 日本の叙情歌を時々聞いている。
 良いな! と思う。

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診療報酬改定/リハビリ中止は死の宣告

少し古い話になったが、一言、残しておきたい。

>       私の視点

>             多田 富雄
>             東京大名誉教授

>何よりも、リハビリに対する考え方が間違っている。
>リハビリは単なる機能回復ではない。
>社会復帰を含めた、人間の尊厳の回復である。
>話すことも、直立二足歩行も基本的人権に属する。
>それを奪う改訂は、人間の尊厳を踏みにじることになる。
>そのことに気づいて欲しい。
>今回の改訂によって、何人の患者が社会から脱落し、
>尊厳を失い、命を落とすことになるか。
>そして一番弱い障害者に「死ね」と言わんばかりの制度を

>つくる国が どうして「福祉国家」といえるのであろうか。


 全く同感である。

 特定疾患治療研究事業の見直しについても同様である。

 あまりにもひどいので、両方とも見直しされるようであるが、
医療費の増大を食い止めるためになされる、なりふり構わない、
弱い人、物言わぬ人をターゲットにしたとしか思われない改革は、
即やめて貰いたい。

 こういうものを改革と言うのだろうか?

 改革の意味は、
古くなった(不都合な)制度や機構を、新しい時代に適応すのるものに改めること。

 のはず。

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子供

 子供はまだ10分あるから遊ぼうと言う、大人は10分しかないから
何も出来ないと言う。


 学ぶべきではないですか?

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全ての人に

全ての人に平等に与えられているもの、それは時間である。

能力も、チャンスも、その他のものは基本的に不平等である。

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天下り改革について

 現在、政府が進めている改革は、単なる選挙対策であり、骨抜き改革にすぎない。

 どうして、こんな改革とも言えないようなことを改革と称し、行っていることに対して、国民は怒らないのだろうか?

-------------
朝日新聞 社説 2007/4/2から、

>そもそも、新バンクは、天下りを続けることを前提にしている。
>各省庁の斡旋を一元化しても、役所の予算や権限を背景に
>していることに変わりはない。
>キャリア官僚の定年前の勧奨退職を維持し、
>退職後に企業や団体を渡り歩く現状にも手をつけない。
>これで何が変わると言うのだろうか?

-------------------
国家公務員労働組合連合会(国公労連)の岡部勘市書記長談

>世間から批判を浴びているような“天下り”は禁止すべきです。
>当然、各省ごとの再就職斡旋はやめるべきです。
>そして、“新・人材バンク”に名を変えた組織的な再就職斡旋の
>仕組みもいらない。
>それが我々の基本的なスタンスです。

>我々は、税金で飯を食わせてもらって公務を遂行するための
>専門性を磨いてきました。
>その能力は最後まで公務の場で発揮することが本筋でしょう。
>そうしたくない人は自由に新天地を求めればいい。
>しかし、公務の場で、国民への奉仕者として働きたいと
>望んでも、定年まで働けないという現状が
>問題なのであって、変えるのならそこを変えるべきです。

>しかし、公務一筋でやってきた一般職員の能力を
>買って引き受けてくれる民間企業がどれだけありますか。
>特に、地方勤務のノンキャリアとなると引き合いなんて
>ありません。

>そもそも、公務員の総数を減らそうということで
>定員管理がものすごく厳しくなっています。
>この4月は全省的に新規の採用をかなり絞り込まざるを
>得ませんでした。
>退職勧奨をしてベテランを辞めさせ続けなければ、
>新卒が採れないどころか、定員を上回ってしまいかねない。
>肩たたきありきの制度設計なのです。

 何故、この本質的に問題だと思われる部分について、手をつけ、議論しようとしないのだろうか?
 怒りを覚えない国民ばかりだとすれば、暗澹たる気分におそわれてしまう。

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原発の不祥事

4/2 朝日新聞「私の視点」高村 薫(作家)さんの記事より

>問題は、維持管理と運転にかかわる人間のミスである。
>「人間の技術に完全はない」という理性と「それでも
>原発の事故は絶対に起こしてはならない」という現実
>に立って、原子炉には何重もの安全装置が備えられて
>いる。にもかかわらず、定期点検を欺き、データを
>改ざんし、臨界事故まで隠していたとなると、人は、
>もはやシステムが想定している以上に、出来が悪い
>生き物だと、考えるほかない。
>そして、人間の出来が悪いのであれば、なおさら国と
>電力会社はミスが起こるたびにシステムを見直し、改善に
>改善を重ねて安全を確保すべきところ、それすらも怠り、
>隠蔽し続けてきたのである。
>今日の事態は、日本人は原子力を利用する資格がないと
>言ってもよいほど深刻であると、まずは言いたい。

 全く同感である。

 私は、この際、原子力だけでなく、風力等他の電力も
考慮に入れて日本の将来の電力をどうまかなっていくの  か、 総合的な再検討が必要だと思う。

 ではあるが、省資源国として、電力の柱の一つに原子力を
選択するのだと、決断したのであれば、なんとしても、
安全に運用できるよう、指導、監督して行かなくてはいけないはずなのに、何という体たらくと言わざるを得ない。

 ミスは決して隠してはいけないものなのだ!
 むしろ積極的に拾い上げ、改善の種にしなくてはいけないはず!

 ミスは、起こしても、その人の責任にせず、
そのミスを共有し、役立てられるシステムとしなくてはいけないと思う。

 航空業界ではそうなっていると聞いているが、
どうして絶対的な安全が要求される原子力発電所で、電力業界で、そうしないのか? 

 理解に苦しみます。

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現状打破

 現状維持ではなく、現状打破に挑戦してください。

 状況が悪い時は、そこから抜け出そうと努力するものですが、

 良い時こそ、その状況を打破して行く、

 これも必要なことではないでしょうか?

 勇気のいることですが、思っても見なかった新しい

世界が開けるかもしれません。

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涙は人を信じるメッセージ。

     小橋昭彦

-------------

そう思います。
そして、癒しでもありますね。

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見えるものより見えないものを

見えるものより見えないものを大切にしなさい。

         聖書よりの言葉

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いさ゜ゆかむ

いざ行かむ、行きてまだ見ぬ山を見む、このさびしさに
君は耐うるや。


           若山牧水

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我にあるを求める(順求:じゅんきゅうと言う)は益あり、

外にあるを求める(逆求:ぎゃっきゅうと言う)は益なし。


            孟子

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自由時間

自由時間の増大は、浪費時間の増大を意味する。

         ロバート・ハッチンズ

-----------------

 そうなのです。
 人間は怠惰だから、時間があると、つい時間を無駄にしてしまう。
 時間がない時ほど、沢山のことができるチャンスなのだととらえてください。

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私自身のために

私が私自身のために生きないとしたら、

誰が私のために生きてくれるのか?

もし私が私自身のためだけに生きるのなら、

いったい私は何者なのか?


            作者不詳

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之を知る者は

之を知る者は之を好むものに如かず。

之を好む者は之を楽しむ者に如かず。

         孔子

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努めている限り

努めている限り人は迷うものだ。


       ゲーテ

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厳しくなければ

厳しくなければ生きていかれない。しかし優しくなければ
生きていく資格がない。

-- (レイモンド・チャンドラーの推理小説「プレイバック」
の一節にあるマーロー警部の言葉)

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八木重吉 詩集より

1.花はなぜ美しいか
 ひとすじの気持ちで咲いているからだ

2.空のようにきれいになれるものなら
 花のようにしずかになれるものなら
 価なきものとして
 これも捨てよう あれも捨てよう

3.いつわりのない
 こころをもとめ
 あいてのないこころをいだき
 きょうはすぎた
 あしたもゆこう

4.みづからをすてて
 まず人につくすという
 そのひとつをのぞいたなら
 切切の詩をつくってゆく
 それよりほかになすべきわざをしらない

5.かなしさがながれる日
 わたしの詩はうまれるのです
 さぶしさがかがやく日
 わたしのこころは高原をゆくのです

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病気腎移植について

>病気腎移植、4学会が否定 「妥当性ない」
>2007年03月31日22時53分

>病気腎移植の生着率、生体腎を下回る…移植学会調査

>病気腎移植「残す道探るべき」 広島県医師会が見解
>2007年03月29日20時59分

  学会は否定の方向のようですが、医学上の高度に専門的な

 問題 だと考えますので、結論を待ちたいと思います。

  しかしながら、一方では、人工透析対象患者は増え続けています。
  現在23万人、しかも5年生存率は、40%程度と云われています。
  60%の人が5年以内に亡くなられているのです。
  切実な問題のはずです。

  医学上の高度に専門的な問題であることがすごく気にかかります。

  医師は、患者自身ではないことが、ほとんどでしょう。

  その為に、議論が遅々として進まないなどと
 いうことにならないように、願います。

  学会の総意が必要などということではなく、

  死をまじかに感じている患者の為に、
 どういう方法、手段が有効なのか、真摯に検討し、
 患者が救われる結論がでることを切に願っています。

  本来ならば、腎提供者が多ければ良いのですが、
 日本文化の問題があるのかもしれません。
  移植コーディネータが少ないのかもしれません。
  この辺の問題の解決には、時間がかかると思います。

  思いますが、世界的に見て日本は、おかしな国だ、
 とならないように、

  変わらなくてはいけないことは、変わっていけるように、
 していかなくては、と思います。

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こころよく 我にはたらく仕事あれ

こころよく

我にはたらく仕事あれ

それをし遂げて死なむと思ふ


      石川啄木

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初恋

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃を
君が情けに酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

     島崎藤村

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これからの現実

 これからの現実を知ることは必要だけれど、

 それは、そのことを考えて嘆く為ではなく、

 「これからの人生を生かすために、

  これから具体的にどう対処して行けば良いかをはっきりさせ、

  具体的に対処方法を考えていく為のもの」

ということを決して忘れてはいけません。

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小児科医、中原利郎先生の過労死認定について

 労災認定は勝訴しました。
 当然だと考えます。

 これだけの労働条件で働いて、労災認定されないのでは、裁判制度そのものに疑問を感じます。

 けれど、民事裁判は、病院の安全配慮義務違反を認めず、原告側の請求を棄却しました!

 棄却理由が、切れ切れにしても、休み時間があるのだから、その時間は、労働時間とは認められないというものでした。

 どういう判断をすると、そうなるのでしょうか?

 法律論的に判断すると、そうなるのでしょうか?
 人間の心が感じられません。

 切れ切れの小さな時間、それも、いつ次の仕事が入ってくるのからない状況で、本当に休息がとれるのでしょうか?

 私ならば、とうてい休息できません。
 労働時間の一部と考えます。
 そういう配慮はないのでしょうか?

 こんな判決がでるようでは、医師不足は、ますます、進んでいくと思います。

 こんな状況では、やっていけないと、誰でも思うのではないでしょうか?

 一般常識と、かけ離れた判決がでるのは、どこかが間違っているのではないかと、考えます。
 法律に不備があるのか?
 裁判官の心がまずしいのか?
 何か他の力が働いたのか?
 よくよく考えるべきことではないかと思います。

 一般人が想定した量刑と実際の判決があまりに違い過ぎると感じる裁判が多すぎます。

 心ある判断、慎重な判断、深い考察があって欲しいと願います。

 中原先生自身は、娘さんが小児科医になることに反対だったようですが、今、娘さんは、小児科医になって、未来ある子供の為に働きたいと言っています。
 そのことを父も喜んでくれるはずだと、言っていました。
感動しました。

 幾多の困難があると思いますが、良い医者に育って欲しいと思います。

 良い働きをした人がむくわれるような社会であって欲しいと願います。

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千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす。

千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす。

能久吟味有るべきもの也。

     宮本武蔵 (五輪書より)

--------------------

 繰り返すことで、変化が生まれます。
量的繰り返しから、質的変化が生じます。
そのことを、よくよく、吟味してください。
 と言っているのだと、解釈しています。

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聖書より(コリント人への第一の手紙 13章4節~7節)

愛は寛容であり、愛は情け深い、また妬むことをしない。

愛は高ぶらない、誇らない、無作法をしない。

自分の利益を求めない、苛立たない、憎しみを抱かない。

不義を喜ばないで、真理を喜ぶ。

そして、全てを忍び、全てを信じ、全てを耐える。

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日本ホスピス・在宅ケア研究会から

問題は解決できるものであり、答えのあるものである。

それに対し、ただ受け入れるしかないものがある。

        「高木慶子シスターの言葉」

--------------------

 好むと、好まざるとに関わらず、
どんなに受け入れがたいものであっても、
受け入れるしかないものがあると思います。

 その時は、ただ、受け入れること。
 肯定することが、前進する唯一の手段
となると思います。
 勇気を持って受け入れるしかありません。

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患者

「わずかであっても希望があれば患者は苦しみにたえることができる、

困難に堪えることができる、医師に協力することもできる。

その希望を持とうとしているのが患者である」

            日野原重明

-------------------------
 
 すばらしい先生ですね。

 そのとおりだと思います。

 患者にとって大切なのは、希望です。
希望があるから、協力もできるのです。

 患者から希望を奪うような発言は、
決してあってはならないと思います。

 こころない発言は、して欲しくないと
思います。

 患者の心を大切にしてください。

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他人と過去は変えられません

他人と過去は変えられません。

変えられるのはあなた自身と、

あなたのものの見方だけです。


出典:SCD情報交換掲示板

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言葉

(1)好きな言葉 :「一生懸命」

(2)大切にしたい言葉 :「ありがとう」

(3)座右の銘 :「野の花は、野の花のごとく」

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朝(夜明け)は必ず来るものです

 いつまでもこの状態が続くわけでは決して無く、いつか必ず、この状況は改善されるものだ!

 と言う意味の言葉ですが、私には、軽々しく言うことはできないように思われます。

 理屈ではそうだけれども、辛く、長い、トンネルの中にいる人に、そんなことはない、必ず状況は変わる、希望はあると、そんなに簡単には言えないと思う。

 その辛さを乗り越えてきた人のみが言える言葉だと、そう思う。

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人生の意味について

 「われわれが人生の意味を問うのではなく、われわれ自身が人生の意味を問われているのであり、答える責任があるのだ」

 という言葉がある。

 そうだと思う。

 その人が生れた時に、その人の人生の意味が既に準備されてあるのなら、その準備されている人生の意味とは? 

 と問うことに意味があると思う。

 だが、そうではないと思う。

 人生の意味はあるものではなく、自分で作り出すものだと思う。

 必死になって獲得するものだと思う。

 そこに価値が生れるのではないか?

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ドラッグラグについて

   NBonlineの記事です。

 >世界の良薬、日本に届かず
 >“ドラッグラグ”で世界から取り残される日本
 >2007年3月27日 火曜日 谷川 博

 >厚生労働省は2009年度までの3年間に審査官を
 >現在の約200人から倍増し、新薬審査の迅速化を進める。
  とのことです。

 理由は、
 >欧米で売られている医薬品の多くが日本では使用が
 >認められていない現実があります。
 >世界中で販売されている医薬品のうち、売り上げが多い
 >上位100品目について調査したところ、約3割が
 >日本では承認されていないことが分かりました。

 >欧米と比べて日本では審査官が圧倒的に少ないからです。
 >米国には約2000人いますが、日本には10分の1の約200人
 >しかいません。
 >英国と比べても3分の1の規模で、先進国では最も
 >少ないのです。

  だそうです。
  これが日本の現実です。

  少しは、改善しようとしているようですので、

  どうにかしなくてはいけないと思ってはいたのかもしれませんが、

  こんな実態のまま、ある意味放置しておいたのですから、

  すごく疑問を感じます。

  薬を必要としている患者は沢山いるはずです。
  その人たちを少しでも早く救いたいとは、思わないのでしょうか?

----------------------------
 もっと深刻な問題があるのです。

 >「遅い、高い、質が悪い」──三拍子揃った日本の治験

 >治験(承認審査申請前に新薬の有効性や安全性について
 >製薬会社が患者データを集めて検証すること)の問題です。
 >新薬開発に欠かせない治験環境が十分に整っていない
 >のです。

 >医薬品開発にもグローバル化の時代です。
 >欧米の有力製薬会社は世界中、いたるところで新薬開発の
 >拠点を設けてスピードアップを図っています。

 >ところが、そうしたグローバル企業にとって
 >日本の優先順位は決して高くありません。

 >それどころか、日本の有力医薬品メーカーでさえ、
 >日本国内ではなく、欧米での開発に力を入れていると
 >いうのが実状です。

 >今、医薬関係者の間で注目されているのが、
 >日本では認められていない
 >「国際共同治験」の議論です。
 >これは多国で同時に治験を行うことですが、
 >今や欧米企業では既に当たり前になっています。
 >なにしろ、20年以上前から取り組みが始まっているの
 >ですから。

 >世界的製薬会社の中には、30カ国とか40カ国という規模で
 >国際共同治験を行った例が既にあります。
 >そうした国の中に、日本は含まれていないのです。

 >国を挙げて医薬業界の発展に取り組み始めている韓国や
 >中国などアジア諸国は積極的に国際共同治験に
 >参加しています。

 >日本は世界的な新薬開発のトレンドから
 >取り残されつつあります。

 >こうした構造的な問題がある限り、ドラッグラグは
 >いつまでたっても
 >解消できないでしょう。

  こまった状況ですね。
  どうしてですか?
  こんな状態で良いとは、誰も思わないはずなのに、
  どうして、改善されないのでしょうか?

  政治が悪いのでは?
  責任の所在をもっと明確にしたらどうでしょうか?

  もっと国民が怒るべきではないですか?
  

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甲山政弘詩集 「長い道」より

 ALSの為、17歳で逝かなければならなかった
少年の詩です。
 苦しく、悲しかったと思います。
 でも、その中で、学んだものは・・

 人にとって何が大切なものなのかを
学ばさせてくれる詩だと思います。

  是非、心の中に、留めてください。
大切にしたい、大切にしなければいけない
言葉だと思っています。


----------------------

1.ありがとう

  ありがとう --

   この言葉

  ありがとう --

   この豊かさ

  ありがとう --

   この響き

  ありがとう --

   この幸せ

  ありがとう --

   この言葉は

   世界一美しく

   重みのある言葉

   人間にとって

   一番大切な

   心からの言葉

2.へんてつもないことだけど

  春の暖かい光のなか

  小鳥がさえずり

  人が道を歩いていく

  なんのへんてつもないことだけど

  ほんとうにすばらしいな

  ほんとうに平和だな

  と思いませんか

  僕はそう思います

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